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午後4時頃から午後8時半まで団体行動を行う。 |
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団体行動については、毎年9月1日に「八朔集会」を行い、その日が祭の始まりとされる。 |
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昔は、その年の祭の支度を始める日として旧暦8月1日に初集会を行った。明治時代には、旧暦8月13、14、15日が祭典日であった。 |
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この日を祭の始まりとし、各町外交2名(年番3名)が年番町主催の外交集会を行う。祭の安全実施に必要不可欠な「各町申し合わせ事項」を確認する。以後数回にわたり「臨時外交集会」を行い、その年の曳き廻しコースを決める。 |
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曳き廻しコースは、各町(19ヶ町)外交2名(年番町3名)が年番町公民館に集まり、話し合って決める。 |
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世話係が当日の山車曳き廻しに関する実務を請け負い、それに伴うコースを決める権限を有する。 |
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先人が若い世話係の実習、体験の場と考え、山車曳き廻しに関する全てのことは、世話係が外交集会の場で話合い、決定することを許されている。いろいろな廻り方を工夫して、毎年新たなコースを決め、曳き廻される。 |
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本来は、参加町全ての総意により、19台コースを実施することが望ましいがそれぞれの思惑が交錯し、なかなか実現することができない。 |