昔の楼門と東照宮


静 岡 県 磐 田 市 中 泉



昔の楼門と東照宮

江戸時代までは、現在、作務所がある所に「新義真言宗社僧神宮寺」が祭られていたが、明治になり政府による神仏分離令(廃仏毀釈)が発布されたことにより、代わりに「東照宮」(写真右)が建立された。

東照宮は、徳川家康をお祭りする神社のことです。今も拝殿の西北に祭られています。




昔の楼門

現在楼門前にある一対の石灯籠は無く、
左奥に見える白壁塀は今は無い。


 






しん とう  し そう
【神 道 思 想】

神社神道では、宇宙の初めに神が存在し、森羅万象[宇宙/人間、動物、海、山、川、植物、事象、等々]のすべては神の創造により産まれ、それらすべてに霊を宿しているとするところから始まります。

そうして創造された森羅万象の中に神の存在を認識し、自然界の祟りを畏れ、自然に包摂されて共に生きることを教えています。

古代日本人は四季の移ろいの中にも神々の存在を肌で感じ取り、認識して敬い、自然を畏れ、自然と共に生きることで、大らかで寛容な精神を育んできました。

そして、この世は永遠に続くものであり、人は協力しあって社会のために一生懸命に仕事をすることにより、社会は調和、発展し、高天原
(天上界)のような理想郷をこの世にも築くことを目指し、人は死んでも魂は高天原で生き、現世の人々を守り、幸せに導いてくれる。そしてまた、役割を携え、この世に生まれてくると考えます。

古代日本の神
【注 1】とは、人間にとって「至上至高」であり、“傑出した存在” “自然界の希な存在”であり、それら創造神の存在を彷彿させるものに対して<カミ>と称して敬ってきました。

【天皇】
天皇とは、神道の最高権威者であり、日々の思考、言動、行動において人々から尊敬の念を持たれる人格の持ち主であり、祈りにより神の声を預かり伝え、その年の天候を占い、諍
(いさか)いを収め、国の政(まつりごと)を納めるために人の上に立ち、導く方、まさに神親し方のことを天皇と称した。

【古代日本の神々】
『古事記』によると、日本古来の神は、天照大御神
(あまてらす おおみ かみ)を高天原(たかあまはら、たかまがはら)の最高神であるとし、古代日本の始まりは、天之御中主神(あめの み なか ぬしの みこと)が最初にご降臨され、続いて高御産巣日神(たか みむすびの かみ)神産巣日神(かみむすひのかみ)の三柱の神が降りられ、その後に宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)、天之常立神(あめのとこたちのかみ)が降りられたとされる。これら天地創発の時にあらわれた五柱の神々を別天津神(ことあまつがみ)と云う。

大国主命
(おおくに ぬしの みこと)、日子穂穂手見命(ひ こ ほほ で みの みこと)、日本武尊(やまと たけるの みこと)などが有名ですが、八幡信仰の主な御祭神は、神倭伊波礼毘古命「神武天皇」、帯中日子天皇「仲哀天皇」、品陀和気命「応神天皇」です。

彼等は、民衆を導くために天上より使わされし人々である。宗教家であり、政治家
(社会を治める人)としての役割を担っていた指導者である彼らは、優れた能力を携え、民衆に尊敬され、日本神道の基礎を作り、日本国を作ったといってもよいでしょう。

【神社】
神社は高天原
(天上界)の神にお鎮もり(まもり)いただいている神聖な場所=<鎮守の杜>であって、神をお祀り(まつり)するところです。身も心も清めたうえで神にお供え物を献上し、真心こめて御奉仕することを「まつり」といい、日々感謝の祈りを捧げ、お祀りするところです。

【仕事】
仕事の語源は、神にお仕えすること
(神事を執り行うこと)を意味します。

【掃除】
掃除の語源は、神仏の場所を清めることであり、不浄なものを嫌い水と塩を以て祓い清めることを恒とし、清潔なところに神仏が宿る。そうした行為によって己の心も清らかにし、神のご加護を得ることができます。

【奉り、祀り、祭り】
その語源については、「奉る」
(たてまつる)という語から差し上げる、献上することであるといわれております。
また神の訪れを待つという意味とその神に祀ふ
(マツラウ)、すなわち感謝の気持ちをもって御奉仕するということになります。

「祭」という字は、台の上に献上品を捧げ持つ様を現します。つまり、感謝の思いを形にして、神様の前に供え物を上げて祈ることを現し、「祭り」の根元が「祈り」であることを示しています。

 


燈 籠


【国家神道とは?】

明治維新の時期に、神社神道と皇室神道を結合することによって成立した宗教とされる。伊勢神宮を本宗として、全国の神社をピラミッド型に編成した日本特有の民俗宗教であり、その教義は「国体」を教義として、帝国憲法と教育勅語によって、思想的に確立し、日露戦争の勝利によって完成したとされる。ただし、政府は終始「神道は国家の祭祀であって宗教ではない」との態度を取り続け、国民に対する国家神道の強制を合理化し正当化した点に、独自の特徴がある。

日米戦争に於ける国家神道のあり方については、様々な議論があり、結論付けることは大変難しい。一説には、『
(アメリカの)占領政権によって「国家神道」と名付けられたのは、誤解というよりは、“神々の闘争”という正確な洞察による戦略であった。』と指摘されているが、『宗教的に見た場合、先の大戦は、日米戦争に関しては「宗教戦争」であり、日本神道とキリスト教を背負った日米間の「文明の激突」という一面があった。その覇権戦争の勝者・アメリカが敗者・日本を裁き、敗者の正義は封印され続けてきたというのが歴史の真相である。』という説を唱える学者もいる。
<筑波大学・津城寛文教授(宗教学)>







手水舎


 







【神秘思想】
神道には、神秘思想「オカルティズム」が存在する。
天皇は神に祈りを捧げ、神の声
(教え)を受け、政(まつりごと)、営みの全てにかかわる教えを説き、導くことを旨とした。故に教義を持たず、現象口伝による伝承法を用いた。
神道には教典(明文化された教義)が存在しない。
日本古来の思想を後に伝えるための文字文化がなかった時代、言葉による伝承法が用いられてきた。後に文字文化が広まってきたが、文字の表現力には限界があり、誤解を生じやすいため、文字による教典
(教え)を残さなかった。もちろん、「教義」そのものは存在した。
今では、信仰そのものが形骸化の傾向にあり、八幡様と呼ばれ親しまれてはいるが八幡信仰の意味は、あまり理解されていない。

【自然崇拝】
日本には昔から「森羅万象 神 宿る」
(しんらばんしょう かみ やどる)という考え方がある。尊いもの、畏怖(いふ)するもの、希なもの、例えば、巨木を「御神木」と崇め、大切にしてきた。山を信仰の対象にした山岳信仰。自然崇拝「アニミズム」の思想がある。創造神が造られた自然(宇宙)そのものが神の存在を意味していた。

日本人は、太古の昔から自然と共に共生の道を歩んできた。自然は循環している。海や大地の水が蒸発し雲となり雨を降らせ、大地にしみ込んで地下水となり、全ての生き物の生命を育んでいる。森は生命の源としての役割を担う。草木が育ち、地中のバクテリア等の微生物が植物や動物の糞や死骸を餌として分解した養分が土となり、草木を育て、養分が川に流れプランクトンが育ち、魚介類等の餌となる雄大な生命の連鎖が行われている。地球上の総ての連鎖が「森羅万象神宿る」由縁である。森羅万象が織りなす循環の連鎖を破壊したとき、人類も共に滅びることになる。

【鎮守の杜】
神社は必ず「鎮守の杜」の中ほどに佇んでいる。自然が織りなすやすらぎの空間であり、自然の森が与えてくれる“癒しの空間”である。人が作り上げた庭園とはひと味違った場所である。人の手を介さず、植物が互いに競い合い、共存しながら作り出す自然の調和。これこそ“鎮守の杜”の持つ神秘的で優しさに満ちあふれた自然の醍醐味である。

今まさに人間の生活に最も必要とされている場所として見直されるべき環境、鎮守の杜。それは日本人にとって象徴的な場所である。その昔、立派な神社も存在しない時代から「鎮守の杜」は存在した。杜
(もり)そのものが神が存在する場所であった。荘厳さや気高さを感じる私たちの精神的オアシスである。

子供の頃、神社に行くと何となく怖かった。何かが出てきそうな雰囲気があって、目に見えないものへの畏
(おそ)れがあった。何かの存在を感じたり、新かな気持ちになるのは「鎮守の杜」の持つ神秘性である。

今では、街中にある神社で鎮守の杜と呼べる佇まいを有しているところは希である。信仰心の低下に伴う影響かもしれない。しかし、今でも神社に行くと神妙な気持ちになったり、新かな気持ちになるのは元々私たちの魂の中に神性
【注 2】を有している由縁であろう。私たちの心のオアシス「鎮守の杜」を復活させ、大切に守って、環境保護のシンボルにするべきである。

【世界宗教と日本神道】
世界宗教と言われる仏教
(仏典)、イスラム教(コーラン)、キリスト教(聖書)には、必ず教義書があります。世界の宗教の殆どは、一神教(イスラム教、キリスト教)であるため、唯一神を敬うあまり他を廃し、争いが絶えません。しかし、それだけ信仰心は深まり、熱心な信者が多くなります。

一方、日本は多宗教国家が成立している非常に珍しい国です。それは日本神道が多神教であるための寛容性なのかもしれません。しかし、あれも良し、これも良し、と曖昧になりやすく、信仰心が希薄になりやすい欠点もあります。

世界の歴史上で最も有名克つ、成功発展したのが、古代ギリシャ、古代ローマです。多くの神々を崇敬し、偉大な文明を築き、発展しました。その発展要因のひとつは「多神教」の教えの多様性が、周りの国々の文化や伝統、宗教をも取り込み、繁栄に繋がったのではないでしょうか。なかでもギリシャのヘルメス神は、世界を発展させ永い平和な時代を築き上げたことは有名です。

日本神道は、人々の融和を計り、自然を尊び、神秘思想をもたらし、儒教は、政治、経済、教育の在り方、日常の生活のあり方の教えを説き、仏教は、人の心、人の生き方、人類の幸福への真理を説いているように思います。こうした多宗教の教えが日本人の魂に良い影響を与えているに違いありません。

 

      


 

 なぜ、日本神道と仏教が共存可能だったのか?
@ 神道が多神教であったために優れた者、尊き者は神として崇める土壌と寛容さがあった。
A 日本神道が教義(教典)を持っていなかった為に神官の人格、人間性を高めるために仏教の教え(真理の学び)を望んだ。
B 仏教は争いを嫌い、慈悲の心(他者への思いやり)を教えの中心に置いている宗教であるから、共存できた。

これはあくまで推論に過ぎません。

もし教義が明文化されていたら、他の教えとの違いによる対立があったかも知れませんし、新しい教えを容認しなっかったかもしれません。

神道の神官は、人々の悩み、苦しみ、相談事を解決するために競って仏教の教えを学び、氏子の期待に応えた。その役割は大きかったと思います。
*「八幡大菩薩」【注 3】という言葉からも、その事が伺われます。

日本神道は世界宗教にはならなかったけれど、日本人の心の中に脈々と流れている日本神道の精神
(信仰心)は素晴らしいものであり、大切に守っていかなければならないものであると思います。

日本人の寛容さや飽くなき探求心などを育み、多宗教国家を生み、世界一平和で美しい国が実現した背景には、日本神道の存在が大きかったと思います。

数々の苦難を乗り越え、発展し続ける日本。これからも日本人としての誇りを持ち、歴史に学び、日本の文化を守り、育み、継承していくことが、これからも日本が発展し続ける為に必要なことだと思います。
日本の文化を代表するものが、まさに「祭」ではないでしょうか。
そして他国の文化を慈しみ、共存することを考えていきたいものです。世界中に、それぞれの“まつり”があります。
祭りを大切に守っていきましょう。





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