「最近、人の名前が出てこない」「何を取りに来たのか忘れてしまった」 年齢を重ねれば、誰にでもそんな経験はあるものです。 「年のせいかな?」と笑って済ませているその症状、もしかしたら「認知症」のサインかもしれません。
今回は、日本の国民病とも言える「認知症」について、その実態から多様なタイプ、診断、治療、そして向き合い方までを解説します。
皆さんは、日本でどれくらいの方が認知症を患っているかご存知でしょうか?
日本は世界でも類を見ない超高齢社会です。 厚生労働省などの推計によると、65歳以上の高齢者のうち、約5?6人に1人が認知症であると考えられています。さらに、認知症の一歩手前である「軽度認知障害(MCI)」の方を含めると、その数はさらに膨れ上がります。
認知症の発症リスクは年齢とともに高まり、特に75歳を過ぎるとその確率は急激に上昇します。長生きが当たり前の現代において、認知症は「特別な人がなる病気」ではなく、「誰もがなりうる身近な病気」なのです。
「ただのもの忘れ」と「認知症」は、似ているようで根本的に異なります。
加齢によるもの忘れ:
体験したことの「一部」を忘れる(例:昨日の夕食のメニューが思い出せない)。
ヒントがあれば思い出せる。
自分が忘れているという自覚がある。
認知症によるもの忘れ:
体験したことの「すべて」を忘れる(例:夕食を食べたこと自体を忘れる)。
ヒントがあっても思い出せない。
忘れている自覚がない(指摘されると怒り出すことも)。
【進行すると現れる症状と家族への負担】 認知症が進行すると、記憶の障害だけでなく、時間や場所がわからなくなる(見当識障害)、段取り良く物事が進められない(実行機能障害)といった症状が現れます。 さらに進むと、**「徘徊(あてもなく歩き回る)」「介護への抵抗」「幻覚・妄想」**といった行動・心理症状(BPSD)が現れることがあり、これらはご家族にとって非常に大きな介護負担となります。
「認知症と診断されるのが怖い」と、受診をためらう方は少なくありません。 しかし、認知症治療において最も大切なのは**「早期発見・早期対応」**です。
現在の医療では、一度死んでしまった脳細胞を元に戻すことはできません。しかし、早期に発見し、適切な治療やケアを開始することで、病気の進行を緩やかにし、健康な人と変わらない日常生活(ADL)を送れる期間を長く保つことが期待できます。
ご本人らしい生活を一日でも長く続けるために、早期受診が鍵となるのです。
一口に認知症と言っても、その原因は様々です。代表的な3大認知症に加え、知っておきたい特殊なタイプもご紹介します。
アルツハイマー型認知症 (AD): 最も多いタイプ。脳が少しずつ萎縮し、新しいことが覚えられなくなります。
レビー小体型認知症 (DLB): 幻視(実際にはないものが見える)や、手足の震え・筋肉のこわばり(パーキンソン症状)が特徴です。体調の日内変動も大きいです。
血管性認知症: 脳梗塞や脳出血などの脳血管障害が発作的に起こり、階段状に症状が進行します。
前頭側頭型認知症 (FTD): 脳の前の方(前頭葉や側頭葉)が萎縮します。初期には「もの忘れ」が目立たず、**「性格が変わった」「理性が効かない行動(万引きなど)」「同じ行動を繰り返す」**といった症状が現れるのが特徴です。比較的若い世代(65歳未満)にも発症します。
脳アミロイド血管症 (CAA): 脳の血管の壁に「アミロイドβ」という異常なタンパク質が溜まり、血管がもろくなる病気です。脳出血(特に脳の表面に近い部分)を繰り返し起こしやすいのが特徴で、それにより血管性認知症の症状が出たり、アルツハイマー型と合併したりすることがあります。MRI検査で微小な出血跡を見つけることが診断の鍵となります。
【当院での診断:MRIと記憶力テスト】 認知症の診断、特にタイプの見極めには専門的な検査が必要です。
頭部MRI検査: 脳の萎縮の部位(アルツハイマー型なら海馬、FTDなら前頭葉など)や、脳梗塞・微小出血(血管性やCAAの兆候)の有無を確認します。
HDS-R(長谷川式簡易知能評価スケール): 医師やスタッフが質問形式で行う、短時間の記憶力・計算力のテストです。
当院では、これらのMRI検査とHDS-Rの両方を行うことが可能です。 脳の画像情報と実際の認知機能を合わせて総合的に評価し、的確な診断につなげます。
認知症と診断された場合、主に薬物療法を行います。
治療薬の種類と効果:
現在使われている抗認知症薬(ドネペジル、メマンチンなど数種類)は、脳内の神経伝達物質を調整し、記憶力や意欲の低下を一時的に改善したり、進行を遅らせたりする効果があります。
患者様の症状(記憶障害が中心か、怒りっぽさが中心かなど)や体質に合わせて、最適な薬を選択します。
【大切な心構え】 非常に残念ながら、現在の医学では認知症を「完全に治す」ことや、進行を「完全に止める」ことは困難です。
治療の目標は、薬で進行を少しでも遅らせながら、環境を整え、デイサービスなどの介護サービスを上手に利用することで、ご本人が穏やかに過ごせる時間を増やし、ご家族の負担を減らしていくことにあります。
認知症は、患者様ご本人とご家族、そして医療・介護がチームとなって、長い目で付き合っていく病気です。 「おかしいな?」と思ったら、一人で悩まず、まずは当院にご相談ください。
最近、ニュースなどで「アルツハイマー病の新しい治療薬(レカネマブ:商品名レケンビ)が承認された」という報道を目にし、「ついに認知症が治るようになったのでは?」と期待を抱いて当院を受診される患者様やご家族がいらっしゃいます。
確かに、認知症治療における大きな一歩ではありますが、現時点では「夢の特効薬」とまでは言えないのが実情です。誤解を解き、正しく理解していただくために、この新薬の「現実」について解説します。
レカネマブは、アルツハイマー病の原因物質の一つとされる脳内の「アミロイドβ」というタンパク質を除去する薬です。 臨床試験では、偽薬を使ったグループと比べて、症状の進行を**「27%抑制した」**という結果が出ています。
これは、病気が「治る」ことや、進行が「止まる」ことを意味するわけではありません。あくまで、何も治療しない場合と比べて**「進行のスピードが少し緩やかになる」**という効果です。患者様やご家族が、症状の改善をはっきりと実感できるほどの劇的な変化は、残念ながら期待しにくいのが現状です。
この薬が使えるのは、アルツハイマー病による**「軽度認知障害(MCI)」または「ごく軽度の認知症」**の段階にある患者様のみです。すでにある程度進行してしまった認知症の方には効果が期待できず、投与の対象外となります。 また、投与前には脳にアミロイドβが溜まっていることを確認するための特殊な検査(PET検査や脳脊髄液検査)が必須となります。
最も注意すべき点として、「ARIA(アリア)」と呼ばれる脳の副作用が報告されています。これは、薬の作用によって脳に浮腫(むくみ)や微小な出血が起こる現象です。 多くは無症状で自然に回復しますが、中には頭痛、めまい、けいれん等の症状が出たり、重篤な脳出血に至ったりするケースもあります。 そのため、投与期間中は定期的にMRI検査を行い、副作用の兆候がないか厳重に管理し続ける必要があります。
レカネマブは、新しい治療の選択肢を開いた画期的な薬ですが、上記のように対象者の限定、限定的な効果、副作用のリスク、そして高額な医療費(高額療養費制度の対象とはいえ)といった課題も抱えています。
当院では、患者様の現在の症状や進行度合い、全身状態などを総合的に判断し、既存の治療薬を含めて最適な治療方針を提案させていただきます。新薬への過度な期待はせず、まずは専門医とよく相談することをお勧めします。

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