◎99年4月



[あらすじ]

 川谷伸次郎は都内で従業員2人の小さな鉄工所を経営していた。 不良品が出てメーカーから叱られ、向かいにあるマンションの住民からは騒音の苦情が舞い込み頭が痛い。 一方、銀行員の藤崎みどりは今日も出社拒否気味の状態。 王様扱いされないとすぐに怒り出す客や毎日来店しては気安く話しかけてくる老人たちを思い出しては憂鬱になる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 書名が最悪で敬遠していたが、評判がすこぶる良いので手を出してみたところ、これは面白い。 3人の主人公にそれぞれ最悪な出来事が次々に降りかかっていく様がテンポよく描かれ、ページを捲る手が止まらないという感じ。 3人が次第に深みにはまっていくあたりや別々に描かれていた3人がいよいよ絡んでラストまで1直線というのも定石通りの展開で、特に目新しい趣向もないが、文章が素直で読みやすく気楽に楽しめる。



[あらすじ]

 明治3年秋、向井信一郎は東京に戻ってきた。 彼の属する徳川伝習隊は、薩長の西軍に上野、会津、仙台と追われ、ついに函館で敗れ降って拘留後ようやく放免されたのだった。 屋敷は廃墟と化し、ようやく探しあてた小さな家に家族は移り住んでいた。 すでに父は亡く、母と妻のお篠は亡霊を見たような顔で彼を迎えた。 その夜お篠は家を出て川に身を投げる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 第9回時代小説大賞受賞作。 全編にわたりしっとりとした情感が感じられる佳作。 大人の男女の機微がしつこさや嫌らしさを感じさせない滑らかなタッチで描かれており、後味も良く感心させられる。 明治初期の混乱した世相・状況描写はやや浅いが、なんとか無理なく描かれている。 前半はやや癖のある文章に少しとまどい、またもっとドラマチックな展開をと欲張る気持ちもあるが、人情話もたまにはいいものだと思わせる。



[あらすじ]

 伊木は二都銀行渋谷支店融資課の課長代理で融資を担当している。 友人であり同じ融資課で回収を担当している坂本が、外回りの車中でアレルギー性ショックにより死亡する。 その後、坂本が客の口座から金を引き出していたことが発覚。 死因に不審を抱いた警察が動き出し、坂本の不正が信じられない伊木も、彼の最近の動きから糸をたぐっていく。

[採点] ☆☆★

[寸評]

 昨年度に
「Twelve Y.O.」と江戸川乱歩賞を同時受賞した作品。 「Twelve Y.O.」と打って変わった正統派ミステリー。 友人の死に不審を抱いた主人公が危険な目に遭いながら紆余曲折を経てついに真相を掴むというのはあまりにオーソドックス。 無難ゆえ前半は何とか楽しめたが、次第に主人公の行動や警察の動きにあらが目立ち始め白ける。 元銀行員の作者による手形や融資の絡んだ話も私にはよく呑み込めず、ますます物語から離れてしまいました。



[あらすじ]

 ボルチモアで実業家のウインカウスキーがプロバスケットボールチームの誘致を発表し市民の喝采を浴びていた。 しかし地元新聞「ビーコン・ライト」に彼の過去に問題があるとの暴露記事が掲載される。 これは本来掲載される予定でなかったが何者かのコンピュータ操作により1面に出てしまったものだ。 法律事務所で調査を担当しているテスは新聞社に犯人探しを依頼される。

[採点] ☆☆★

[寸評]

 98年の
MWA賞、PWA賞の最優秀ペーパーバック賞を受賞した作品。 主人公が法律事務所で働く29歳の独身スポーツウーマンというあたりから、とにかく全編いかにもアメリカ的な作品。 アメリカ人(特にボルチモアの人たち)が暇つぶしに読むペーパーバックとしてはいいのだろうが、私にはさっぱりでした。 生き生きした作品だが事件そのものに面白みが薄く、主人公にも魅力が感じられず、展開も登場人物も良く整理されているとは言えない。



[あらすじ]

 カスミには小さな製版会社を経営している夫と2人の娘がいたが、会社に出入りしているグラフィックデザイナーの石山と浮気をしていた。 石山は2人のために北海道に別荘を買う。 カスミは実は北海道出身で高校卒業後に家出した。 カスミたちは夏休みに一家で石山の別荘に行くが、ある朝5歳の娘有香が突然失踪する。 事故か誘拐か。必死に探すのだが・・・。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 
「OUT」が実に衝撃的だった作者だが、今回も素晴らしい。 前作の派手さはないが、愛憎と絶望のドラマは読み応え十分。 ミステリーとしても娘の安否という1点で見事に最後まで引っ張るが、ガンで余命幾ばくもない元刑事がカスミと行動を共にする後半は人間ドラマとして終始息詰まるような緊迫感に満ちている。 多彩な登場人物が面白く場面転換も巧み。 実際のページ数よりはるかに大長編を読んだようなずっしりとした重みを感じさせる。


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▲ 「MWA賞、PWA賞」
 MWA賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)は1946年から始まり、現在では長編賞やペーパーバック賞、処女長編賞など15あまりの部門賞がある。 最優秀長編賞には、古くは「長いお別れ」や「寒い国から帰ってきたスパイ」、「ジャッカルの日」、「針の眼」などがあり97年は「緋色の記憶」だった。
 PWA賞(アメリカ私立探偵作家クラブ賞)は81年に設立された同クラブによる私立探偵小説に対象を絞ったもので、MWA賞と同様に長編賞やペーパーバック賞、処女長編賞などから成る。 最優秀長編賞にはスー・グラフトンによる女探偵キンジー・ミルホーンシリーズやローレンス・ブロックによる元アル中探偵マット・スカダーシリーズなどが多く受賞している。