◎98年1月



[あらすじ]

 平凡なチェロ演奏家の東野は、富士見高原にある精神障害者の社会復帰施設で定期的に臨床心理士の行う音楽療法の補助をしていた。 東野は心理士の深谷から頼まれ、音楽に天才的な能力を持つ由希という情緒障害の女性にチェロを教えることになる。 由希は脳外科手術の失敗により人間的な感情は全く失われていたが、驚くべき速さで困難な演奏をマスターしていく。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 この作者の作品としては
「ゴサインタン-神の座-」「カノン」などに通じるもので、超自然的なものと人間的なものの交錯する世界が描かれる。 東野が終盤狂気の世界に足を踏み入れていく様にしても由希の破壊的な超能力の場面にしても、作者らしく描写はやや控えめで派手さはないが凄みや迫力が感じられる。 あとは微かに見られる東野と由希の人間的な触れ合いを、甘くなってももう少し出しても良かったのではと思いました。



[あらすじ]

 1941年初頭のワシントン。 中国から東南アジアへ軍事進行中の日本の駐米大使とアメリカ国務長官との間で度重なる交渉が持たれていた。 その頃、コロンビア大学留学中の大竹幹夫は仕送りが滞り、休学して日本大使館の臨時雇いに採用される。 また日系混血のミミは大使館のタイピストに雇われるが、彼女は密かに国務長官補佐官から大使館の情勢を探るよう依頼されていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 
「ベルリン飛行指令」などの第2次大戦三部作と同系統の作品。 作者の戦争秘話ものが面白くないはずがないということで、それなりに面白く最後までしっかり読ませる。 しかし大使館と国務省の戦争か和平かのぎりぎりの交渉劇にしろ、幹夫とミミの先のない恋模様にしろもっと高まっていっていいはずが、何か緊迫感が盛り上がっていかない。 やはり歴史的事実として結果が分かってしまっているのが原因でしょう。 期待が大きかっただけに★一つ減点。



[あらすじ]

 元警官の古書店主クリフのもとに、昔の同僚から保釈中に逃げ出したがすでにシアトルで居所の分かっている女をニューメキシコまで護送するだけで5000ドルという依頼が舞い込む。 うますぎる話だったが、その女がポーの「大鴉」の非常に貴重な特装本を盗んだと聞いて引き受けることに。 その女、リグビーと接触したクリフは彼女の本を選ぶ眼力の鋭さに驚かされる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
「死の蔵書」に続くシリーズ2作目。 前作同様、随所に本や作家、古書選びに関する蘊蓄があり本好きにはたまらない。 今回は特装本というジャンルも勉強させてもらいました。 クリフとリグビーが古書店巡りをするあたりなど前半は抜群に面白い。 むろん本筋も複雑な糸が徐々にほぐれていくようにしっかりした構成だが、後半やや暗い雰囲気に終始したのはちょっと残念。 それと主人公が力が強く度胸もあり女にもてて頭もいい、てのは少し作り過ぎじゃないかな。



[あらすじ]

 43才の香取雅子は自分の殻に閉じこもる夫と高校を退学になった息子の3人で、一つ屋根の下に住みながら心はバラバラの生活を送っていた。 夜勤の弁当工場の同僚山本弥生は、バーの女にいれあげたあげくバカラ賭博で家の貯金をすべて使い果たした夫を絞め殺し、雅子に助けを求める。 雅子は死体の処理を請け負い、やはり同僚の吾妻ヨシエに声をかける。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 昨年のミステリーベスト10関係で最上位にランクされていた作品。 凄い本ですね、これは。本当に驚きました。ものすごく怖いです。 この作者の本は
女私立探偵ミロのシリーズを2冊読みましたが、それらの2倍はハードです。 「不夜城」を読んだときの衝撃を思い出しました。 あれよりは少し長いですが、より読みやすく意外な展開が続き、実に面白い。 ちょっとしたはずみから狂気の世界に足を踏み入れていく様が現実的で説得力があるし、なにより香取雅子の迫力にシビレました。



[あらすじ]

 加納一家が購入したマンションに引っ越してきた。 新築で比較的安価で交通の便も良いが、問題は建物を広大な墓地が囲み火葬場の煙突まで見えること。 誰もいないはずの地下室で物音や話し声がしたり、エレベーターが突然止まったり、子供がけがをしたり、奇怪な出来事が頻発。 入居者が続々転居していく中、ついには加納一家だけになってしまう。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 近年、心理サスペンス中心の作者の10年近く前の純粋ホラー小説。 テンポのある展開で構成もきちんとしており、後半は恐怖がどんどん盛り上がっていく。 とても良くできた正統派のホラーだと思う。 ただ惜しむらくは10年前に読みたかったですね。 恐怖の盛り上げ方から物語の終わり方まで、全体にやや古いという印象がどうしても拭えない。 発刊当時なら4つ星をつけたでしょう。


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▲ 「女私立探偵ミロ」
 江戸川乱歩賞受賞作の「顔に降りかかる雨」と「天使に見捨てられた夜」。 私立探偵の村野ミロを主人公に、都会の闇の部分を描いたハードボイルド。 いずれも今日的な背景に登場人物の乾いた息遣いが感じられる物語になっています。