◎23年2月


黒石の表紙画像

[導入部]

 中国残留孤児二世、三世を中心に、リーダーを決めずに活動する地下ネットワーク「金石」。 犯罪だけでなく一般ビジネスや生活に関する情報もやりとりする、互助会のような機能もある。 その中でメンバーのハブとなる八人を八石という。 そのひとり、高川が警視庁公安に保護を求めてきた。 金石を支配しようとする者がいるらしい。 金石と闘ってきた新宿署生活安全課の鮫島刑事は、公安の矢崎の依頼で高川と会うことに。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 新宿署のキャリア刑事・鮫島を主人公とする
「新宿鮫」シリーズ最新作。 込み入った内容だった前作に較べアクション場面が増え面白味が増した。 それでも登場人物はたいへん多く、読んでいて話の内容が分からなくなる手前で踏みとどまった感じで、巻頭からラストまで力強く引っ張る。 花崗岩を加工した武器で標的の頭を粉砕する殺し屋はシリーズ中でもかなりの凶悪ぶりで、鮫島との対決に向けハラハラワクワクさせられた。 脇役陣もしっかり描き込まれた印象。


彼女は水曜日に死んだの表紙画像

[導入部]

 週末に妻の両親がやって来た。 デイヴィッドとマージョリーに会うのは一年前の僕たちの結婚式以来、二回目だ。 僕は彼らが金持ちで常に世界中を移動しているということ以外あまり知らない。 妻に父親の職業を訊いたとき、ダイアモンドを扱うブローカーか何かだと言っていた。 キッチンで洗い物をしているとデイヴィッドがマリファナ煙草を手にやってきて、一緒に吸わないかと言う。 (「悪いときばかりじゃない」)

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 30ページほどの短編10編で、うち「聖書外典」が英国推理作家協会賞の最優秀短編賞を受賞している。 いずれもどこかしら犯罪に関連した話で、
シーラッハの諸作を思い起こさせるが、それよりも犯罪色は薄く純文学よりの印象。 看守、ギャンブル中毒者、殺人の目撃者、宝石店の警備員等々の登場人物や、時代、筋立て、展開も多彩な作品集で、娯楽性もあって、短いが中身は濃く、存分に楽しめた。 ままならない人生の断片が鮮やかに切り取られている。


踏切の幽霊の表紙画像

[導入部]

 運転士の沢木が勤務する大手鉄道会社は、新宿と箱根とを結ぶ区間で営業していた。 1994年の晩秋、箱根湯本駅のホームには特急最終電車への乗車を待つ客は数えるほど。 沢木は発車させ、列車はやがて東京都に入り、終点まで15分の地点を過ぎると下北沢三号踏切に近付く。 その時、踏切の線路の中央に人が立っているのが見えた。 非常制動をかけるが間に合わない。 衝突の寸前、線路上の人影がこちらを見上げた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 雑誌記者が心霊ネタを取材していく過程で殺人事件の被害者の身元調査に奔走することになり、辿り着く真相と怪異。 作者の傑作
「ジェノサイド」以来11年ぶりの新作長編だそうだ。 幽霊譚として良くできているものの、怖さはそれほどでもなかったが、女性の身元を探っていくミステリーとして引き込まれ面白かった。 政治汚職ネタはやや古さを感じさせるが、一方、被害女性の哀しく切ない人物像が徐々に浮かび上がっていく人間ドラマとして読み応えがあった。


録音された誘拐の表紙画像

[導入部]

 新宿にある大野探偵事務所。 所長の大野糺と耳が良いことで評判の助手の山口美々香、元カウンセラーの望田の三人きりの小さな事務所。 その大野糺が誘拐された。 大野家の実家は祖父が設立し総合商社まで成長した大野物産。 その頃大野家では家族水入らずの食事会が開かれていた。 孫の大野早紀の二十五歳の誕生日会を兼ねたホームパーティー。 そこに所長が職場にも実家にもいないということで山口美々香が訪ねてくる。

[採点] ☆☆★

[寸評]

 誘拐犯と探偵の攻防劇。 非常に緻密に練られた二転三転の本格推理ものだ。 ただ探偵のひとりが特殊な能力を持っているというところで、結局超能力頼みかと、しらけてしまった。 刑事たちの会話も鼻について物語のリズムを削がれるし、山口美々香の推理も理屈では分かるが、例えばモールス信号、信号を出す側もそれを信号として受け取る側も現実には絶対無理と思われるもので、名探偵すぎて話に乗れなかった。 身代金受け渡し場面も緊張感が感じられず。


介護者Dの表紙画像

[導入部]

 冬至。 琴美が東京の派遣社員を辞めて札幌の実家に戻り二か月が経とうとしていた。 母は五年前に轢き逃げに遭って亡くなり、父はひとり暮らしだった。 その父が脳卒中で倒れたという連絡を受けたのは今年の夏の盛り。 軽度の脳血栓で、命に別状はなく、左脚に軽い麻痺が残った。 自宅暮らしに固執していた父からの『雪かきに来てくれないか』とのメールを受け、荷物をまとめた琴美は十年以上ぶりに実家に居を移した。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 娘による父親の介護の物語だが、父親はまだ六十代で片足に軽い麻痺があって歩行が不自由という程度で頭はしっかりしているので、老親介護という意味では深刻度は軽いようだ。 アメリカに住む妹を交え、親子のふれあい、すれ違い、苛立ちがリアルに描かれる。 一方、主人公はそれほどメジャーでない女性アイドルグループのひとりを「推し活」しており、それがこの作品のテーマのもうひとつ。 終盤には思わぬ展開があり、主人公の感情同様、盛り上がった。


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