◎20年1月


暗約領域の表紙画像

[導入部]

 新宿署生活安全課の課長代理となった鮫島のもとに覚醒剤取引の密告が入る。 北新宿四丁目の古いマンションの1室。 マンションは無許可の民泊業を営んでいるらしい。 鮫島は向かいのマンションの管理会社を訪ね、監視用の部屋を借りる。 ビデオカメラを設置し、翌日確認すると目当ての部屋302号室の上階402号室に異変が。 午前2時に銃弾が発射されるような映像、そして人が横たわっているのが確認できる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 前作
「絆回廊」からなんと8年ぶりのシリーズ最新作。 全編緊張感を保ったスリリングな物語で、犯人逮捕に向けた鮫島の苦闘は相変わらず読み応え十分の力作だが、さすがに700ページ超えは長すぎる感じだ。 登場人物も多くてたいへんこみ入っており、話についていくのが難しいくらい。 前作でシリーズの転換点を迎え、鮫島の周囲も新たな局面に入った。 新しい課長や部下の描き方は面白いが、どちらも話の後半には存在が消えてしまった印象なのは残念。


mediumの表紙画像

[導入部]

 推理作家の香月史郎のもとへ大学の後輩の倉持結花から電話が。 一緒に霊能者の人に会ってほしいと言う。 彼女は以前、占い師に運勢をみてもらったところ、女の人が彼女を見て泣いていると言われた。 奇妙な夢を見るようになった彼女は、占い師に紹介された霊媒という人を訪ねたいが不安なのでついて来てほしいということだ。 目的のマンショの一室にいたのは翡翠という名の息を呑むほどに美しい女だった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 いくつかのミステリーベスト選びで1位となった作品だが、私には手強かった。 推理作家と霊媒のコンビが事件の謎に挑む話が三話、そして最終話はそれらを受けて大きく展開が動く仕掛け。 死者の言葉を伝える霊媒師が事件に挑むというのは面白い趣向だが最終話で大きく性格を変える。 本格推理ものだが最終話はさらに論理的な謎解きの度合いを深め、もはや理屈に理屈を重ね、もう私にはついていけません。 本格ものへの苦手意識を再認識した次第。


線は、僕を描くの表紙画像

[導入部]

 大学生の青山霜介は友人の文化会の古前君に頼まれ、総合展示場で展覧会設営のバイトに来ていた。 設営はたいへんな重労働で、集められた文化系サークルのひ弱な男子たちでは対応できず、急遽体育会系の人員を補強してなんとか作業は終わった。 展示を見て帰ろうと居残ると、雰囲気の良い小柄な老人が現れる。 展示は水墨画だった。 霜介は老人と共に会場を回り、掛けられた水墨画に見入っていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 両親を事故で失い空虚な心を抱えながら生きる大学生が、水墨画の世界に魅了され、自ら水墨画を描くことで生きる意味を少しずつ見出していく。 物語はさほどドラマチックでもなく淡々と進んでいくが、変な展開がないのがこの物語には合っているようで、退屈さは感じない。 水墨画の世界がまるでカラフルな色を伴っているかのように、また墨の香りが漂ってくるかのように、その美しさが文字で活き活きと表現されている。 凜とした静かな空気を感じさせる小説。


流れは、いつか海へとの表紙画像

[導入部]

 ジョー・キング・オリヴァーはニューヨーク、ブルックリンの私立探偵。 13年前、彼は刑事だった。 ある日、ナタリ・マルコムという女の逮捕を命じられ、女の家に向かい、色仕掛けに引っかかり関係を持ってしまう。 すると彼女は強姦されたといって訴え出た。 オリヴァーは逮捕され、拘置所に3か月収監された後、控訴棄却で釈放され警察を追われたのだ。 妻と別れ、キャリアもプライドも失い、細々と私立探偵業を営んでいる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 ちょっとノスタルジックな香りもするようなハードボイルド犯罪小説で、アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞受賞作。 黒人私立探偵が主人公というのは珍しいが、洒落たセリフ、皮肉の効いたジョークなど雰囲気のある作品だ。 暴力描写などは現代アメリカのもので、かなり荒っぽい。 脇役陣は魅力的に描かれ楽しいが、物語の長さの割に登場人物が多い。 物語は大きくは2本の筋で流れていくが、事態の絡み合いが半端なく、ついていくのが難しかった。


展望塔のラプンツェルの表紙画像

[導入部]

 石井家は平屋建ての廃屋と思われるくらいの荒れた家。 今までに数回、親の怒鳴り声と子供の泣き声がひどい、子供だけで留守番している、幼子が薄着の上、裸足で外にいるなど心配な通報がなされている。 石井家には4人の子供がいるはずだ。 今日は児童相談所の松本悠一と多摩川市「こども家庭支援センター」の前園志穂が同行訪問しに来た。 応答がないが、そこに黒いワンボックスカーが滑り込んでくる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 物語は悲惨な児童虐待、性被害、終わりの見えない不妊治療など、気分の沈む辛い話が続いていく。 心もすり切れるような児童相談所のエピソードに加えて、町の貧困地区にはびこる非行、暴力団絡みとそれに抗おうと空しく足掻く若者とか援助交際等々負の連鎖には、読むのも耐えないような、しかし目を背けられない辛い物語だ。 それでも終盤は、本格推理ものかと一瞬思うような意外な展開もあるし、状況に一筋の光も見えてなんとかホッとさせられた。


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