◎13年5月


アニバーサリーの表紙画像

[あらすじ]

 75歳の晶子はマタニティスイミングとベビースイミングの指導員になってすでに40年近い年月が経とうとしていた。 栄養士の資格も持っている晶子は、スイミングの後には妊婦を集めて近くの区民会館の一室で昼食会も行っていた。 その日、食事を終えた頃、今までに経験したことのない大きな揺れを感じる。 余震が続く中、老朽化して危険な区民会館を離れ、晶子は大きな声で母親たちを元気づける。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 3章構成で、1章は晶子が主にスイミングの指導員になるまでの物語。 2章は、スイミング教室に来たことがあった真菜の主にシングルマザーとなるまでの物語。 そして3章は、東日本大震災の日から交差する晶子と真菜の物語となる。 1章は作り話めいた女性の年代記のようだったが、2章に入って
「晴天の迷いクジラ」を想い起こさせる展開に。 3.11以後の人の心の持ちようは様々で、私に否定も肯定もないが、若干の違和感を込めた採点となった。


コリーニ事件の表紙画像

[あらすじ]

 カスパー・ライネン弁護士のもとに裁判所から、弁護人のいない被疑者がいる旨の連絡が。 ライネンは弁護士になって42日、玄関に表札を出したのは2日前。 初めての依頼人となる男はコリーニという名の60代のイタリア人で容疑は殺人だが、ライネンに対し弁護不要の態度だ。 彼はドイツでも最も裕福な男のひとり、機械工業会社の大株主ハンス・マイヤーをホテルの1室で撃ち殺したという。 

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
「犯罪」「罪悪」で罪と刑罰について独特の筆致で綴った、弁護士でもある作者による法廷小説。 法と人間の罪について、冷静、簡潔、スリリングな物語であり、かつ社会的に問題提起を行う鋭い作品で、本作の被害者と弁護士の立場にダブらせた作者の環境を知ればその強い意志に驚かされる。 ドイツではこの作品をきっかけに、国がナチの過去再検討委員会を立ち上げたそうで、日本とドイツの戦後処理の違いを突きつけられたような思い。


暗殺者の正義の表紙画像

[あらすじ]

 ジェントリーは元CIAで、”グレイマン”(人目につかない男)と呼ばれる暗殺のプロ。 今回、彼はロシアマフィアのシドレンコに雇われアイルランドのダブリンに来た。 ターゲットはスラッタリーという男。 こいつもあちこちで殺しを請け負っていたそうだが、最後の殺しは6年前。 今は観光客向けのバーで演奏するバンドで週に五夜、太鼓を打っているらしい。 ジェントリーはバーへ出向き目標を確認する。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 驚きました。 後半200ページくらい、これでもかというほどたたみ掛ける迫力満点のアクションの連続に、ページをめくる手が止まらない。 近年では
トム・ロブ・スミス、その前ならスティーヴン・ハンターあたりを想い起こさせる。 政治的背景などはややおざなりだが、これだけ面白ければ文句はない。 主人公がスーパーヒーローでなく、満身創痍、薬に逃げたりするあたり、ハラハラドキドキ感を強める。 シリーズ第2作だそうで、前作も絶対に読まなくては。


憧れの女の子の表紙画像

[あらすじ]

 俊彦は38歳、ソフトウエア会社の部長。 妻の敦子との間に二人の男の子がいるが、敦子は半年前、次は女の子を産むと宣言。 それからは毎朝基礎体温を測り、排卵チェッカーで最適日を割り出そうとし、やがて宅配で「ピンクゼリー」なるものが送られてきた。 それを使い、敦子の指定日に何度かチャレンジしたが空振り続き。 一方、職場では入社一年目の羽生絵梨奈がやけに近付いてくる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 表題作のほか全5編の短編集で、4編は「小説推理」誌掲載、1編は書き下ろし。 読む前はほんわかしたコメディーを予想していたが、男と女を巡る日常の出来事を多彩な設定の中に綴ったものでした。 2編目だけが掲載誌に合わせたのかちょっと本格ものめいた驚きを用意してあるが、他の作品と比べても違和感があった。 5編の中では、表題作が出来事の密度も濃く、読後も爽やかで最も良かったと思うが、全体を通してインパクトは弱め。


忘れられたワルツの表紙画像

[あらすじ]

 私は小さな工務店の事務員。 昼間、会社にはたいてい私だけ、仕事の中で圧倒的に多いのは電話取りと会社に来た人の応対だ。 来るのは、銀行や会計士、資材問屋、たまにメーカーや事務機器会社の担当者で、今の担当だけでなく、前の担当、前の前の担当も来れば、単なる社長の友達もたまに来る。 小利口くんもそのうちのひとり。 信用金庫の担当で、三日に一度は来る。 (恋愛雑用論)

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 20から30ページ程度の短編7編からなる作品集。 ちょっと風変わりな人々が出てくる、のりの軽い、想像力豊かな物語として、すら〜と読んでしまえば、心地いいなあという程度で、あっという間に読み終えてしまうだろう。 しかし、ゆっくり、じっくり文字を追ってみると、これが結構深い言葉で構成されているのが分かる。 ちょっと日常を外れた程度のものから、SFっぽいお話まで様々だが、震災後を意識したものが多い。 読み返して熟読したい本だ。


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