◎09年10月


逃亡者の表紙画像

[あらすじ]

 友竹智恵子、28歳。 何の関係もない男を殺した。 埼玉県狭山市のマンションで、金融業の林田浩之が後頭部の打撲による脳挫傷で死亡。 現場に落ちていた運転免許証から智恵子のマンションに急行した刑事に捕まった。 彼女は林田浩之の妻に殺人を依頼されたと言う。 しかし林田の妻は強く否定する。 智恵子は連日の取り調べで体調をひどく崩し、入院することに。 その病室から彼女は逃亡する。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 時効まで逃げ切る覚悟の主人公の、新潟、青森、広島県庄原などでの逃避行が続けて描かれる。 合間に折原作品らしい時間を飛ばしたような謎めいた幕間が用意されているが、ページの多くがそれぞれの地での、人との出会い、その地への溶け込みの描写に費やされる。 トリックやマジックは少ないが、悲哀に満ちた逃避行、間一髪の逃亡劇は緊迫感十分で、ページをめくる手は止まらない。 後味が良くない結末は残念。


龍神の雨の表紙画像

[あらすじ]

 19歳の添木田蓮は酒屋に勤めている。 家族は中3の妹、楓と父親の睦男。 睦男は母の再婚相手で、二人と血の繋がりはない。 蓮の大学入学直前に母が交通事故で亡くなり、母の死後、睦男は酒量が増え、二人に暴力を振るうようになり、そのうち勤めていた会社を辞めて自室に籠るようになった。 進学をあきらめた蓮はある出来事から睦男の殺害を考え始め、湯沸器の不完全燃焼を試す。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 カバーの絵柄そのまま、全編にわたって暗く、非常にどんよりとした空気に満ちた物語。 実の両親が亡くなり、血の繋がらない片親と暮らす二組の兄妹・兄弟をリンクさせる設定も重苦しいし、性的犯罪を匂わせる話の流れも嫌悪感を感じる。 もう読み進めたくないと思ったあたりで話は急展開し、緊迫感が一挙に盛り上がる。 騙しの技巧はなかなか冴えていて感心させられるが、”龍神”はあまり効いていないと思いました。


グラーグ57の表紙画像

[あらすじ]

 1956年のソビエト連邦。 かつて国家保安省の捜査官だったレオ・デミドフは3年前、モスクワ殺人課を創設した。 しかし、当時のソ連は公式には殺人のない社会であり、そのため殺人課は組織内で疎まれ、その存在自体公表されていないものだった。 元国家保安省の職員や元総主教が殺され、ひとりの男が浮かび上がる。 7年前、レオが潜入捜査により逮捕した男、ラーザリという名の元司祭だ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
「チャイルド44」の続編で、前作同様、過酷な政治体制化のソ連を舞台に、家族のドラマを交えながら、一気読みの面白さが持続する作品。 とりわけ今回は、レオの潜入捜査で幕を開け、下水道内での殺人者の追跡、荒れ狂うオホーツク海の囚人護送船、第57強制労働収容所(グラーグ57)の拷問劇、そして動乱のハンガリーと舞台が次々に移り、さながら冒険アクション映画のよう。 ラストがやや唐突に甘いのも前作同様です。


ダブル・ジョーカーの表紙画像

[あらすじ]

 陸軍に独自の諜報機関設立の必要性を説いてきた風戸中佐は、参謀本部に極秘の呼び出しを受けた。 待ち受けた阿久津中将から、すでに陸軍内に1年前から秘密諜報員養成並びに諜報機関の通称”D機関”が存在していることを聞かされる。 D機関を率いる結城中佐の陸大出身者を排除する姿勢もあり、その存在を知る者の間には不快感、嫌悪感があった。 風戸は”風機関”を組織し対抗する。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 軍事スパイ小説
「ジョーカー・ゲーム」の続編で短編5編。 前作のときに読みたいと感じた、敵国の市井に溶け込みじっと機を窺う潜伏スパイの話もある。 いずれの話も設定は秀逸だが、どうも流れがいまひとつの印象。 四つ星に近い短編ばかりだが、短い中でも展開にさらに変化をつけてひねってくれれば文句ないところ。 表題作など、諜報機関同士のせめぎあいは50ページ程度ではもったいない。 もっと読みたいです。


デパートへ行こうの表紙画像

[あらすじ]

 加治川英人は勤めていた会社が倒産。 妻は娘を連れて出て行き、手持ちの金も底をついてアパートを追われ、ホームレスに。 カプセルホテルの宿泊代を踏み倒して逃げ、今日は思い出のデパートへ行くことにする。 一方、29歳の山添真穂は鈴膳百貨店の店員。 早番の彼女は6時20分に勤務を終え、黒ずくめの服装に着替え、監視カメラから顔をそむけるように再びデパートの中へ入る。

[採点] ☆☆★

[寸評]

 深夜のデパートの真っ暗闇の中で有象無象の男女が引き起こす一夜の騒動話なのだが、序盤はてっきりドタバタコメディーだと思っていた。 そのうちリストラや汚職の社会問題、親子、男女の問題などやたら話はシリアスになっていく。 帯には”驚愕の一夜”の謳い文句だが、驚愕するのは物語の中の連中ばかりで、逐一彼らの行動を追っている読者にとって驚きは何もない。 ラストにはそこまでやるかと思わせる人情話まで。


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