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    立教172年(平成21年)2月18日発行 第239号
    諸井慶一郎先生 1月18日春季大祭講話

諸井慶一郎先生
1月18日 春季大祭講話

諸井慶一郎先生 1月18日春季大祭講話
諸井慶一郎先生 1月18日春季大祭講話
 鳴物の理について、教祖が教えられたということは全く伝えられていない。そこで本日は、鳴物の理についてお話させて頂く。
 人間には、九つの道具があり、それに心を添えて十分である。
 第一に、二つ一つの道具、拍子木とちゃんぽん。拍子木は本心であり目、ちゃんぽんは耳。息は風をおこし吹き分けるから笛。息をする呼吸をするから胡弓。左は善、右は悪というお諭しがあり、また、左は男の理、右は女の理といわてれる。右手足は女、大きいのが右足で琴、小さいのが右手で三味線。左手足は男、大きいのが左足で太鼓、小さいのが左足ですり金。鼓は慎みの理で一の道具。
 このように、思案すればすぐにわかるから教祖は言われなかったのではないか。
表手は、手の平が上向きにて、受けて(御守護頂戴する)嬉しい。裏手は、下向きにて、尽くして(たすける)嬉しい。尽くして嬉しい種は、一粒万倍に成る程に、と諭される。
元始まりの道具
 月日様と八種の道具で十種となる。この中で、いざなぎといざなみは少々意味合いが違うので外して考える。
となる。
 胡弓は、鳴りにくい場合、弓の手入れが大事であり、松やにパウダーを弓の弦につけ、沸騰した湯気であぶると解け、弓が立つくらいになり、良く鳴る。また、弦が切れないように上手に弓で弾く。切って切り過ぎない、そっと切る事が大事。また、鼻はいつも嗅いでいるため、悪い臭いだけ敏感に嗅げるようにできており、下へ向いているのは、口元と股座を嗅いで身を改める。人の臭いを嗅いで相手を切らない。たいしょく天は、七かける三の二十一回の三回だけ切る。
 おつとめは、人間の身の内かりものの姿を再現して、その理を立てて御恩報じするという事を示されたものである。
おてふりと鳴物
 おてふりの六人が、八足六台の身の内六台となり、真中から月様と日様、二番目が月よみとくにさづち、外側がいざなぎといざなみとなる。月よみとくにさづちが、いざなぎといざなみにし込まれ、月様と日様が入込み、人間をお始めになられた。
 いざなぎのぎは気、気を集中してさせてもらう。目に力がこもる、精神に力を授けてもらう。
 いざなみのみは身、身の御守護。身を尽くす、真心を尽くす。
 九つの鳴物は、身の上の道具。自分の心と体が、目で見る時、耳で聞く時、手足がバラバラでは話にならない。変わらぬが誠であり、一つ心でさせて頂く。九つの道具に心を一つ添えて十分となる。
 だからこそ、我々はおつとめにて、その学びと習いをしっかりさせて頂かなければならないのである。