第4章以降は日記形式ではなく,なるべく項目別にまとめた形で記述する。
9月3日<金曜日.>朝,5階の掲示板を見ると3班の欄に私の名前があった。 この日から私の学生生活が始まった。
ここでまず漢学院の学生たちのことについて簡単に紹介する。
当時総員約70人前後で,国別にいうと大部分が日本人と韓国人,日韓比率が6対4,その他ドイツ人2人・フランス人1人,パキスタン人1人,ロシア人1人。 総人数は年により異なるが,大体は100人くらいという。
日本人は女性のほうが多い。 企業から派遣されて来た人,社会人を"中退"して勉強に来ている人,本当は中華料理の勉強に来ている人,現役の大学生 など様々である。 私のような60歳を超えた日本人も毎年5〜6人は来るという。 ただし,今期は少ない。 しかし70歳の方もいる。
皆の留学期間は半年〜2年くらいである。 下のクラスから始めて期ごとに1クラスづつ上がっていけば1.5年で大体3班に来るという計算。 初歩といっても日本人でここに来ようと思う人は少しは基礎を学んでいるので,5班からスタートするからである。 そういう人と3班で出会って知合いになった。
大学生は休学して留学するのが普通だが,大学によっては,西安外国語学院と交換学生制度を敷いているところがあり,そういう人はこちらで勉強する時間が単位にカウントされる。 F大学はそういう大学の一つで,当時も二人の女子学生がいた。
韓国人は現役の学生ばかりといってよい。 男子は既に兵役を終えた者が大部分のような感じである。 日本人のほうが幼なく見える。 私は韓国語が少しできるので,知合う上で楽であった。とはいえ,何と言っても若い人同志のほうが,中国語や英語という道具もあり,親しくなるのは国籍を問わない。 韓国の男子学生と日本人女子学生の組み合せができあがる場合もある。
こちらで何かとお世話になった仲間の"学生"としては,F県からこちらへ来て当時既に1年半になるM先生がいた。 授業中も臆せず熱心に発言されていて,私も見習わなくてはと思った。 元高校の国語の先生で年齢も私と同年であり,専家楼の3DKルームに住み,随意に自炊もされていた。 その関係で数回お手製の天ぷらなどの日本料理をご馳走になり大変感激した。 その上,先生には日本の自宅をF大への中国人留学生に住居として提供されており,中国人の友人も多く,その縁で私も知合うことができた人もいる。
また,先生の若い友人H氏もM先生同様にこちらで長い滞在になるが,私と席を並べつつ親しくして頂いた。 彼の中国人の相互学習の学友(外院の日語科の女子学生)のその級友を私に紹介頂いたり,うまい食べ物屋を教えて頂いたり,お二人なかりせば,私の游学生活ももっと色褪せたものになっていただろう。
学期の途中で3班に入ってきた中年の既婚のドイツ人男性はすばらしく中国語ができた。 ドイツの会社の中国駐在員であったそうだが,自宅でも家族サービスの傍ら,家庭教師付きで中国語を勉強しているとか。 漢字の知識も豊富であり負けたと思った
1班にいた韓国人の学生L君 (と言っても年は当時すでに27-28歳)はたまたま私が声を掛けたことから,よく話すようになった。 随分社交的な若者で,大学での専攻が「観光通訳業」とか,将来その方面の仕事に就きたいとの夢を持つ。 国籍・男女を問わず気軽に話し掛け,直ぐに友達関係を築くことができるという羨ましい性格であり,私などとても真似できない積極性を持ち,いたく感服させられた。 彼は西安に来る前にニュージーランド(新西蘭)北島で数ヶ月ワーキングホリデイ制度を利用して農場で働いた貴重な経験を持つ。 中国人女子学生たちを,彼の言によると "新西蘭の写真を餌に" 自室にお客としてよく招いたりしていた。 といって別に不真面目な若者ではなく,短い留学期間(半年)を精一杯享受しようという活発な生命力の発現といっていい。
最初は私と専ら英語で会話していたが,面白いのは,帰国日が近づくにつれ韓国語でばかり話すようになったことだ。 他の一部の韓国人にように,日本人に対して構えたところがなく,全くオープンな,少し韓国人らしくない所があり,年齢も彼等の中で最年長ということもあってか,韓国人の中ではすこし変わり者としてみられていたふしもある。 彼とは帰国後も韓国語のE-MAILで交信している。 2001年夏現在まだ希望する職場がみつかっていないのは残念なこと。
我々六つのクラス以外に,ごく短期の語学研修生の団体が不定期に来る。 例えば,我々とほぼ同時に来たドイツ人の10人前後のグループは1ヵ月滞在したし,少し後に来たアメリカ人学生の16〜17人の一行は,後で述べる学園研修旅行にも参加した。 また西安医科大学の新入パキスタン人学生やネパール人学生は学業開始前に集団でここへ来て3ヵ月間初歩中国語を学ぶ。 彼等はそれぞれが一つの臨時クラスを形成する。
それ以外に,単なる宿泊のみのバッグパッカーも来るし, またある時は学園旅行に来た横浜の高校生たちも泊まった。 (ホテルとしての料金は120元/日,套房(スイートルーム)だと180元/日) 加えて当地の様々な学校関連の集会や会議にも会場を提供している。
この大学に来ている学生の中には,試験に合格して入学した正規の学生以外に聴講生のような人が少なからずいる。 彼等(彼女等)は学費を払って一般学生と全く条件で授業を受ける。 全科目を受けるとは限らないようだ,
学歴にもならず,卒業証明書も学歴証も貰えない,と私の相互学習の相手の中国人学生が説明してくれた。 (彼女は「自学 zi xue」というと言った) ただ学びたいという意欲から学習しているとのこと。 また,高校を出て洛陽の大学に合格したが,行きたくなくて,この学院へ来て寮生活をしつつ勉強しているという男の子もいた。 本科の学生ではなく,どうも下記のホームページの内容から鑑み 学内の"培訓学院" で学ぶ"全日制の自考生"という身分だったらしい。 勉強して"国家自学考試"という試験に合格すれば専科、本科の文凭(卒業証書)の助学單位を獲得することができると解説してある。 分かったようで分からない。 そのほかにも,成人教育学院,現在は名を改め 継続教育学院 というものも学内にある。
( このホームページを書きつつ西安外国語学院のHome Pageを見た。 留学当時学院には色んな種類の学生がいるとは聞いたが,本当に多様な学部や制度が存在することが分かった。 巻末の付属資料欄に学院の概要と 「外国留学生招生簡章」 などを原文のまま抜書きしてみた。 <[西安外国語学院 HPより] へ>)
( そのほか,日本国内サイトの「中国留学」HomePageにも各大学とともに西安外国語学院の簡単な紹介ページがある。)
次に教科と教師について紹介する。
( 3班の時間割 < ピンク色が私が履修した科目> )
分類 | 学時 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 備 考 |
必修課 | 08:00〜09:50 | 精讀 | 聽説 | 精讀 | 泛讀 | 精讀 | 全課途中10分間小休止 |
必修課 | 10:10〜12:00 | 聽説 | 精讀 | 聽説 | 録像 | 聽説 | 全課途中10分間小休止 |
午 休 | 12:00〜14:30 | | | | | | 午休(昼休み)は長い (冬季は12:00〜14:00 ) |
選修課 | 14:30〜16:20 | 經貿 | 中国畫 | ---- | 書法 | ---- | ※經濟貿易漢語 |
選修課 | 16:30〜18:30 | 長拳 | ---- | ---- | 太極拳 | ---- | 長拳=少林寺拳法 |
内容と担当講師
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精讀----「実用漢語中級課程」という教科書を使用。
主に語法(文法)を学ぶ。
3班の先生は “王珊(Wang shan)”,中年の,眼鏡を掛けた痩せ型で如何にもベテランの先生らしい婦人。 声は余り大きくなくやや早口。 言葉の解説が適切。 三課進むと必ず中間テストをする。 復習と予習は欠かせない。 きびしすぎると言う人もいるが,私は気に入った。
・ 10月の学園の研修旅行について作文を書くことが課題として与えられた。 この作文は私によいお土産を齎したが,その事は後述する。
・ 期末試験あり。
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聽説----「中級漢語−听和説」という教科書を使用 (听は聽の簡体字)。
リスニングとスピーキング。
3班の先生は “顧清”,小柄だが,元気溢れる女性。 テープに吹き込まれた会話とか文章を聞いて学生が色んな質問に答える形。 私にはかなりきつかった。
・ 期末試験あり。
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泛讀----「漢語 閲讀技能訓練」という教科書を使用。
速読で大意をつかむ練習。
3班の先生は “羅淑芳”,小柄色白で,整った顔立ちの女性。 女優の壇ふみさんに少し似ている。 ただこの課目は人気がなく,出席者が少ないのが気の毒なほど。
・ 期末試験あり。
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録像----漫画・コマーシャル・劇映画などのVCDやVIIDEOを使った学習。
学生にリスニング能力がないと教える方も教わるほうも苦労する。 行き着くところ映画鑑賞になった。
3班の先生は “孫”,初老の先生。 ずーずー弁の中国語を話す。
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經貿漢語----「漢語外貿口語30課」という教科書を使用。
貿易関係の会話練習。
内容的には最も難度大。 専門用語がたくさんあり,演習では教科書の中のパターンを応用して即席対話をする。 これを選択する学生は最初多かったが3回目から激減した。 これも毎年のことらしい。
先生は “揚(小揚)”先生。 未だ未婚の,河北省の人。
・ 最後のほうは欠席したので,期末試験の有無不明。
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太極拳----日本で経験があるので参加した。 同じ「簡化24式」であるが,速度が早く,型も若干違う点もあり,結構苦労する。 講習生は日本人2〜4人,韓國人3〜4人,フランス人1人。 中庭でやるので人目につく。 韓国の權元嚇さんは胎拳道の名手と見受けた。 太極拳は初めてだが,たちまち師範代クラスになった。 彼は長拳も受講。 帰国後は先輩と会社を始めると言っていた。 私も最初のうち日本人の初心者の人に復習のためにコーチしたこともある。
先生は “魏新建”,がっしりとした体格の体操の先生。 僅か数名の外国人生徒の名前が覚えられず,毎回名前を尋ねるので,見かねて私が名簿を作って差し上げた。 漢学院での学生対先生チームのバスケットボールの親善試合では先生チームの強力メンバーとして奮闘した。結果は若い学生チームの勝ち。
授業は規定によれば18週/学期 であるから 9月から始まる前期は翌年1月10頃に終わる,期末試験を除けば12月末で実質的には終了するといってよい。

「大雁塔」にて。左二人はK君とA嬢 当時どちらも日本の現役大学生
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韓國のMr.權は胎拳道の達人 太極拳も瞬く間にマスターした
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最初の一日の授業が終わると,さすがにぐったりした。 日本語を話さない先生による完全に中国語だけの授業はむろん初めての経験であり,かなり神経を使ったせいである。 これも時とともに慣れていった。
この学校は西安の他の大学,交通大学・西北大学・師範大学などにくらべて政府の補助も少ないそうで,施設も老朽化している様子。 他の大学・専門学校との合併という話もでていると聞いた。 図書館の整備や管理体制も,人手とお金が掛けられないので,かなり手抜きがあると,前述のM氏がおっしゃっていた。 私は西北大学の構内を一度歩いた程度で,他の大学へは行ったことがないので,確かなことは言えない。
しかし,漢学院の先生方は熱心に指導してくれるし,学ぶ環境としては悪くない。 学・住一体とはいえ,学生のほうが,夜更かしのせいか,学期が進み馴れが出てくるにつれ,8:00からの一時限に遅刻・欠席する者が,増加する。
ここは北京の大学に比べて語学研修用学費も安いことも私がここを選んだ理由の一つである。
外院の一般の中国人の大学生の学費はどれくらいか聞いてみたことがある。 伝聞情報に過ぎないが,年間で教科書代込みで3,000元くらいとのこと。 因みに我々の払う学費は年間1,800$つまり15,000元に相当する。 学生のうち寮生は1部屋6〜9人住まいだから個人的に勉強する空間はない。 日語系(日本語科or日本語学部)の1999年の新生(新入生)の女子は寮が満員のため,教室を改造したところへ住んでいたくらいである。 選択課目が夕方・夜にあることもある。 授業を熱心に受けること,図書館へ行くこと,それら朝早くグラウンドで立ったり歩いたりしながら発音練習や暗記・朗読をすることなどでカバーするしかない。
西安外国語学院の主な学部構成は,ある本科の中国人学生に聞くと,次のようだと言った。
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旅游系(旅行科 tourist )---更に日本語科と英語科に分かれる。(実はイタリア語と全日制自考生もいる)
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英語系(英語科)
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日語系(日本語科)
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コ語系(ドイツ語科)
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法西語系(フランス・スペイン語科)
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意大利語系(イタリア語科)
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俄語系(ロシア語科)
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教育系(教育科)?
旅游系の日本語科の三年生の学生が受ける授業のカリキュラム例
必 修= | ・日本語Reading, ・日本語Writing, ・日本語Listening |
必 修= | ・日本新聞 (News) & 日本概況 |
教 養= | ・法 律, ・旅游心理学, ・英語(第2外国語), ・中国歴史&文化 |
選 修= | ・日本歴史 |
★ 漢語水平考試(Hanyu Shuiping Kaoshi)-HSK試験-
中国へ語学留学する人たちの目的のひとつはHSK試験の7級か8級に合格することである。 西北地区の前期の試験は12月19日に当学院を会場にして行われた。 学院は受験生のためにHSK輔導 (fudao)(HSK補講)を延べ36時間実施。
費用としてはテキスト代63.50元,リスニング演習のためのテープ代が90元。 HSK補導の担当は王珊老師と顧清老師のふたり。 当学院の留学生のほか西安医科大学のパキスタン人留学生も参加した。 彼等は3年生で会話能力は十分あるが筆記問題には極めて弱い。
しかも,HSKの3級を取らないと卒業ができない。 そのため必死であり,カンニング行為は珍しくない。 一方私はやはり聞き取り問題に失敗し,日本で合格した6級を超えることができなかった。 受験した若い人はたいてい7級か8級に合格した。
★ 「外国人出入国法規」説明会 と ビザの延長
学期が始まって暫く経った10月10日の午後,公安(警察)による毎学期定例の「外国人出入国法規」説明会が一時間ほど学院の中の会議室で行われた。
- ・居留届は30日以内に提出すること,延期する場合は届け出要
- (私は六ヶ月以上滞在しないので不要だとMYCOMで説明を受けて来たから関係なし)
- ・法規違反事項
- @ 中国の国益を失わせる行為
- A 不法滞在_罰金1500元又は 3〜4日の勾留
- B 精神病・性病・伝染病の患者は国外退去
- C 国内で移転する場合改めて登録すること
- ・就職
- 留学生は許可なく就職してはならない
- ・居留証は携帯すること
- 警官に提示を求められたとき,相手の身分証明書の提示を求めることができる
- ・国内旅行
- 解放された地域か否かを確認しておくこと
- ・その他
- 盗難などの被害は公安局外国人管理局へ届け出ること,証明書が貰えれば保険が降りる
- パスポートの再発行は公安へ連絡のこと,そこから大使館へ連絡する
- ・学院からの一般的な注意
- @ 大学の規則を守ること
- A 旅行は一人よりも三人以上が望ましい(一人で黙って旅行に行き行方不明になつた人がいる)
- B 寮で客を迎えるときは時間を守ること, 客は宿泊できない 等々
質疑の中で,香港行きはVISAが必要ということが分かった。
上記のこと以外で我々が公安との関連で必要度が高いのはビザの延長である。 西大街の公安局外事處へ,本人が行かなくてはならない。
私も180日のビザだったので,帰国前の2000年2月に,1ヵ月の延長手続をするために足を運んだ。
手続き料:125元。
必要書類:学校の証明印付き申請書,バスポートのコピー,ビザのページのコピー。
コピーはその場で必要と告げられ,急ぎ近くのコピー屋("
[複印]" の看板のある店 )へ行きコピーする。
そして,どうせハンコを押すだけなのに「明天再來-明日取りに来るように-」と言われた。 全くの二度手間なり。 先輩の中には明日早朝飛行機に乗るからと強引にor必死に頼み込んで当日発給してもらった人もいる。
一口メモ
この大学は女子学生の占める比率が聞くところによると9割に近いそうです。 夏から初秋にかけての大胆なミニスカートとショートパンツ姿の氾濫には,今の時代しごく当然の風景の一つとはいえ,やはり圧倒されざるを得ません。
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