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伊々山俳句集 (冬)


平成30年 ↓

末黒野に欠けたる石の道標

夕迫る金波銀波や浮寝鳥

断層は斜めに走り冬木の芽

冬紅葉ダムに沈みし戸の写真

動かざる大魚を抱き冬の川

傍らに懐中電灯葱をぬく

堆く土を寄せをり根深葱

平成28〜29年 ↓

狐火をなかに宿して火焔土器(平成俳壇・佳作)

何もなくてと言ふ友や榾を足し(平成俳壇・佳作)

白菜のてつぺん尖る春隣

飛鳥田のなかにきらりと薄氷

初春や井伊の家紋の幟旗

数の子の塩出し中の肴かな

初夢のなかに一句を忘れ来し

黒黒と冬田一枚焼きあがる(平成俳壇・佳作)

綿虫や古里かくもあたたかし

鳶とんび小春日和を高舞へり

水底もはなやぎあひて冬紅葉

猫ブーム来たよ来ました漱石忌

誰ひとりふり向きもせずせず初氷


特作20句「大根」
大根の去年と同じ種を買ひ
ふはふはに畝もりあげて大根蒔
大根の双葉に宿る水の玉
貝割菜雨が跳ねたる泥落す
こともなく間引き菜ひょいと引き抜かれ

土寄せて大根の影ただしけり
大根を甘くさせたる霜夜乞ふ
すつぽりと抜かれ大根穴残す
大根の泥大根の葉でぬぐひ
大根を干すためだけの稲架を立て

大根炊き食べて素直に育ちけり
風呂吹きの舌より腹にあたたかし
しばらくは我が全身を冬満月
落人の家の囲炉裏や炎あげ
星冴ゆる知らない町に西東

遠山の夕暮れ明し枇杷の花
冬帽のまるき背に日が追ひかける
托鉢に僧の繰り出す十二月
餅搗きてあたり真白になりにけり
貨車の音今朝は聞こゆる大晦日

裏作の田がきらきらと神迎(平成俳壇・佳作)

醤油屋の樽の梯子も小六月


平成27〜28年 ↓

日脚伸ぶ蔵にひとつの明り窓

水仙に海荒れし日の漁船かな

蒼穹の一幹として冬欅

青春は転がるがごと龍の玉

清貧のすこししあはせ寒卵

火の神の巨大十能年新た

赤き実のひとつを守り藪柑子

燈台に風を集めて石蕗の花

初山河ここで生まれて今があり

葱の根の千切れぷつんと抜かれをり

赤き実を灯し十一月の木々 

鳥たちのいつせいに鳴き神迎へ

着飾りし子の横切りぬ冬座敷

塔婆焼く僧のつぶやき年の暮

緋毛氈膳のならぶや冬の寺

 平成26〜27年 ↓

節分草嫗の列の後につき

隠れたるものの多しや寒椿

どんど火に過去の己を投じけり

汁粉よし俳句なほよし初句会

梟の鳴く声がもう聞こえない

死ぬ予定ここにはあらず初暦
5月号平成俳壇題詠 秀逸 大輪靖宏選

山眠るあらたな命眠らせて

点滅は夜の原発浜千鳥

去年今年気ままに生きること許せ

一昨日掃きし参道初詣

初電話飯はいらぬと言ひにけり

寒鰤の目玉を先に食はれけり
3月号平成俳壇 秀逸 島田麻紀選


↑ 平成26〜27年

初句会毘沙門天と相対し

遠山の光る鉄塔冬日濃し

輪飾りの藁の香りや萬神

竹の節白き粉を吹く十二月

大根の物干竿に吊られあり

めでたさはごまめの味のほろ苦き

冬草のしぶとき根っこ吾に欲し

神さまの数を数へて餅を取り

牧水の歌碑に空瓶石蕗の花  静岡新聞雪賞(一席)

寒卵どこが違ふと言はれても


一日を松と話して松手入れ

大欠伸してもかなしき一茶の忌

銀杏落葉掬へばひやとして重たし

残壕の奥に戦争眠る山

↑ 平成25年

青首の横に白首大根畑

あかぎれの男の指を見入るなり

白梅や家族の名前ひとつ増え

野を焼いてほむらの中に顔ひとつ

でこぼこの畝を崩して鍬始 *

酒蔵の麹眠らせ雪しんしん

熊笹に程よき程の雪を載せ

ちゃんちゃんこ話し上手がやつて来た

白菜のゆるりと玉を巻き始む *

湯豆腐や四角四面を崩さるる *

茶の花の蕊にジーパン染まりけり

異邦人めきし羅漢や冬うらら

綿虫と遊んでゐたき日和かな

↑ 平成24年

初春や菫たんぽぽ顔を出し

人混みに目深に行きし冬帽子

初めての靴を履く児や日脚伸ぶ *

止り木の鶏眠る冬至かな

踏みゆけば枯草の道あらたなり

月蝕のあかりはほのと息白し

浮寝鳥北の大地の夢見るか

冬銀河七十億人地球の子

餅搗きの餅をまるめる手の真っ赤

イルミネーション点し寒暮の梢かな

一茶忌や遊ぶ雀の影もなく

日溜りの櫟林や笹子鳴く

新しき家に御初の注連飾

枯菊を焚く辺りより風立ちぬ

裏木戸の閉ぢしままなり花八手

咲けば散り山茶花なれよ咲けば散り

灘に向き立ちし鳥居や初茜

朝刊を掴む掌冬来る

小春日の脚立の上の一日かな

あつけなく落ちてゆく日や枯芒

平成23年 

耕してゐれば人来る畑かな

包丁の切れ味試し寒の水 静岡新聞佳作

大時計止まつていたり日向ぼこ

日溜りの浜の松原笹子鳴く

人日の我が掌の生命線

相応ふ星の瞬き虎落笛

冬耕やひつくり返す己が影

ほつこりと茶の花日和となりにけり

しんしんと来る日を眠り冬木の芽

掛け大根ぶらりと風のどまん中

芭蕉忌や串の平たき五平餅(ばしょうきやくしのひらたきごへいもち)

綿虫の夕日を追ってゆくところ(わたむしのゆうひをおってゆくところ)

十二月醤油の焦げる臭ひかな(じゅうにがつしょうゆのこげるにおいかな)

平成22年


枯れすすき刈れば風音刈るやうな(かれすすきかればかざおとかるやうな)

山影にはや蝋梅の日は入りぬ(やまかげにはやろうばいのひはいりぬ)

初鴉空に煌くものひとつ(はつがらすそらにきらめくものひとつ)

煮凝りや舌で解かしてゐる昭和(煮こごりやしたでとかしているしょうわ)

生き残り今宵の葱を抜きにけり(いきのこりこよいのねぎをぬきにけり)

煤払父母の遺影も叩かれて(すすはらいふぼのいけいもはたかれて)

二人目が生れた知らせ百合鴎(ふたりめがうまれたしらせゆりかもめ)

望郷のはないちもんめ燗の酒(ぼうきょうのはないちもんめかんのさけ)

葱汁や一族同じ臍をもち(ねぎじるやいちぞくおなじほぞをもち)

窓にある冬青空を磨きをり(まどにあるふゆあおぞらをみがきをり)

貧しくも明るく生きん一茶の忌(まずしくもあかるくいきんいっさのき)

綿虫の宛なき旅の序曲かな(わたむしのあてなきたびのじょきょくかな)

マスクしてかんからかんのドロップス(マスクしてかんからかんのドロップス)

翁忌や三百年へひとつとび (おきなきやさんびゃくねんへひとっとび)

平成21年↑ 


棄てる句に未練残すやどんど焼(すてるくにみれんのこすやどんどやき)

寒木瓜や犇きて朱を深めあひ (かんぼけやひしめきてしゅをふかめあひ)

寒風に手足広げて梯子乗り (かんぷうにてあしひろげてはしごのり)

木遣り唄流るる空の梯子乗り (きやりうたながるるそらのはしごのり)

ぢりぢりと切干ちぢむ日和かな (ぢりぢりときりぼしちぢむひよりかな)

冬耕の空ひとひらの雲もなし (とうこうのそらひとひらのくももなし)

思ひ出せぬマスクの顔に悩まされ (おもいだせぬマスクのかおになやまされ)

白菜の芯まで合掌する葉かな(はくさいのしんまでがっしょうするはかな)

寄鍋や何時も高校三年生(よせなべやいつもこうこうさんねんせい)

茶の花に鼻付け猫の遠去かる(ちゃのはなにはなつけねこのとおざかる)

異国めく美術館抱き山眠る(いこくめくびじゅつかんだきやまねむる)

微睡めば胎児に戻る柚湯かな(まどろめばたいじにもどるゆずゆかな)

龍の玉呑み込み嘘をつく小鳥 (りゅうのたまのみこみうそをつくことり)

妻の居る暮しに慣れて枇杷の花 (つまのいるくらしになれてびわのはな)

電話来て詐欺かもしれぬ十二月 (でんわきてさぎかもしれぬじゅうにがつ)

柱時計ゆつくりと鳴る霜の夜 (はしらどけいゆつくりとなるしものよる)

恐竜が食ふものなれど歯朶を刈り (きょうりゅうがくうものなれどしだをかり)

遥かなる富士の稜線寒昴 (はるかなるふじのりょうせんかんすばる)

炊き上がる飯の匂いや神の留守 (たきあがるめしのにおいやかみのるす)

鳴く廊下渡りて来る小春かな (なくろうかわたりてきたるこはるかな)

 ↑ 平成20年


早梅や上目遣ひの羅漢たち (そうばいやうわめづかいのらかんたち)

手に取ればあたたかき砂冬の海 (てにとればあたたかきすなふゆのうみ)

初凪や西行岩に背を預け (はつなぎやさいぎょういわにせをあずけ)

再会の時の束の間寒昴 (さいかいのときのつかのまかんすばる)

産土神に家の数だけ餅の数 (うぶすなにいえのかずだけもちのかず)

元旦の心の隅の武者震ひ (がんたんのこころのすみのむしゃぶるい)

梵鐘の響き渡るや冬の凪 (ぼんしょうのひびきわたるやふゆのなぎ)

ふろふきやどれにもひとつ箸の穴 (ふろふきやどれにもひとつはしのあな)

まるまると鰤一本や出刃を研ぎ (まるまるとぶりいっぽんやでばをとぎ)

耐へて待つ時もありけり枯れ芭蕉 (たえてまつときもありけりかればしょう)

生真面目に生きても今日の木の葉髪 (きまじめにいきてもきょうのこのはがみ)
 
指凍へ矢の定まらぬマウスかな (ゆびこごえやのさだまらぬマウスかな)

初時雨湖底に沈む樹木かな (はつしぐれこていにしずむじゅもくかな)

狐火も一夜明ければ千の風 (きつねびもいちやあければせんのかぜ)

芭蕉忌や北へと誘ふ旅心 (ばしょうきやきたへとさそうたびごころ)

↑ 平成19年

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