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伊々山俳句集 (夏)



平成29年 ↓


船頭の唄声ひびく青嶺かな

雲の嶺足場の上に組む足場

跨いでは入る畑の百日草

貰い7ひたる鮎に残りし山の色

一木に影の飛び交う目白かな


ががんぼにこの世の空気重たさう

三光鳥ほいほいほいと吾を呼ぶ

どうみてもたつた六寸夏大根

ほうたるを飛ばし古里深眠り

ジャムを煮て卯の花腐し宥めけり


あをあをと田の隅にある余り苗

米倉の奥でひかるや蛇の衣

木道は遥かなる道閑古鳥

この村は棄て田ばかりや青胡桃

オーロラのごとく波寄す夜光虫 平成俳壇佳作



平成28年 ↓

昨夜の雨のこして烏瓜の花

谷ひとつ埋めつくすや半夏生草

野仏を一丁ごとに木下闇

大夕焼車を止めて肩車

蜩の声を残して山下る

望郷の句碑に佇む夏の草

読みさしのインクの匂ひ三尺寝

味噌部屋や昭和の黴の土間広し

蟻地獄百年経ちし縁の下

北口を出て眼前の青田波

母の日にとどく一家の写真集

散策の絵地図で扇ぐ街薄暑

芋の露こぼれて土に滲み黒き

柄の付いた農具いろいろ夏の草

知らぬ間に星の出てゐる蛍狩

参道を驚かせたる蝮草

ラムネ玉ころりと薩摩富士見上ぐ

(特作12句↓)
源五郎人にもありぬ浮き沈み
集めたる児の空蝉を棄てられず
蚊を打ちて空しき両手残りけり
水鉄砲通りすがりに撃たれけり
農道は海に真直ぐ青田波
まんなかにに墓標を置きて青田風
半夏生草三日続きの雨上がる
飛ばされて転転転と麦藁帽
水筒のぽちやぽちやいつて草いきれ
夏草や刈れば箸持つ手の震へ
冷奴足を崩して座りけり

平成27年 ↓

一杯の水を立たせて水中花
平成俳壇 出口善子選 推薦 (山西雅子・島田麻紀・今井聖 佳作)
おほかたは戦争知らずカンナ燃ゆ

百日草百句をめざす一句かな

山あれば山のかたちに蝉時雨*

流木の乾ききつたる夏の果

涼しさや岩根を奔る山の水

大手門搦手門へと蝉時雨

芝青むうれしきことがひとつ増え

楸邨の碑の文字深し夏木立 *

夏来る昭和にありしいくさ歌

塩辛の壜のくびれも梅雨に入る

泡ひとつ大事に抱え源五郎
平成俳壇 出口善子選 佳作

包む手のほのかに熱し蛍の灯
平成俳壇 島田麻紀選 佳作


よく肥えた隣の蕗もまぜこぜに

浮沈む水をななめに源五郎

逆しまの空を見てゐる水馬

水無月の雨の固める砂丘かな

波を吸ふ砂のつぶやき夏来たる

平成26年 ↓

原爆忌芝生に水の欲しきかな

この星に水を湛へり青田かな

父と子の指から指へ天道虫

橋下に猫の集まる晩夏かな

梅雨曇り半熟卵割れ難し

玉葱にどんどどどんと波の音

濁り川流るる早苗浮き沈み

ひとつ家に所帯別別豆の飯

錠剤をならべ卯の花腐しかな

植ゑ終へて田より引き抜く一歩かな

百姓をだまし天道虫だまし

日雷施肥の掌焦げ臭き


ポケットの銭減る寂し更衣
  静岡新聞入選

砂風呂の胸に重たし春の月

恐るるは莢豌豆の太りたる

吹き流し赤のいつぽんよく絡み

柿若葉一年坊主慣れたかなあ 


↑ 平成26年

言ひたげな口を団扇で塞ぎけり  
新聞秀逸

垂直も水平もある蟻の道

めまといの渦に嵌りて抜け切れず

昼寝覚む一人の部屋を見回せり

分蘖の豊かに進み青田波

竹皮を脱ぎて一山征しけり

ほうたるに心の闇を灯さるる

山あれば蝦夷春蝉の鳴くばかり

船室の中まで染めて大夕焼

海霧はれて稜線太き利尻富士

はまなすや終着駅の里程標

束の間の青春夜の新樹かな

一匹が鳴けば百匹夕蛙

みな帰り草一片の夏座敷

動いてわかる毛虫の前とうしろかな

翡翠の来る川となり杭となり

夏草や砥石に残る母の癖*

植ゑ終へて矢鱈気になる田圃かな*

初採りの胡瓜曲がるも吉として

うす曇る空より零る花樗

今日もゐる蛇口の横の雨蛙

↑ 平成25年


ががんぼを打ち一瞬の空しさよ

工具箱の小さき鉛筆夜の秋 *

いつの間に消えてしまひぬ余り苗

星涼しテールランプの消失点  *

天牛
(かみきり)や森の除染の沙汰もなし

南北に分かつ源流雲の峰

野良着にも更衣あり好みあり  静岡新聞秀逸

生命の溢るる音の植田かな

花として花苺挿す小瓶かな

五月雨の窓に鼻つけ男の子

月見草夜には夜の訪問者

炎天の蛇口ひとつは上を向き *

日盛りの渦潮地球の臍はここ *

南風吹くカルストの牛黒きかな

薫風や矢立の横の丸眼鏡 *

山国の水で繋がる植田かな

迎へ梅雨位牌ぽつんと一草庵

平成24年 ↑

夜光虫銀河の末路知らずして *

落ちし羽根啄んでゐる羽抜鶏 *

乾きたる大地ありけり豆を植う

鳴く蝉や被爆をしてもしなくても

水中花ほんの小さき夢咲かせ

甚平が棒振りながら田をめぐり *

手を上げて網戸の中へ声をかけ

貝の口閉じたままなり合歓の花

この先はロープで隔つ蛍の夜

山青しうしろ姿の山頭火

神の舞いにどっと笑ふやソーダ水

葉桜のなか零戦のありにけり

採るまでは大きく見ゆる実梅かな *

青空にはばたく朴の花ひらく

野の牛となりて被爆の草青食む  
東日本大地震

立ち残る松一本に卯波立つ  
 東日本大地震

よく笑う小さき母や茶摘唄  ☆


平成23年↑

嘘本音吐いてこの世の夕涼み
(うそほんねはいてこのよのゆうすずみ)

冷奴家族はいつも二人きり
(ひややっこかぞくはいつもふたりだけ)

貝殻を耳に少女の夏休み
(かいがらをみみにしょうじょのなつやすみ)

空蝉のまんまる目玉透けてゐて
(うつせみのまんまるめだますけていて)

来し方をまあるく生きて天道虫
(きしかたをまあるくいきててんとむし)天賞

いつの間に白髪となりき祭笛
(いつのまにしらがとなりきまつりぶえ)*

六月尽涙脆きは昨日から
(ろくがつじんなにだもろきはきのうから)

蛇の衣茅萱の根元直線に
(へびのきぬちがやのねもとちょくせんに)

父の日の長靴今は野良仕事
(ちちのひのながぐつはいまのらしごと

漠然と生きてをります心太
(ばくぜんといきておりますところてん)

胸中に飛び込んで来る夏燕
(きょうちゅうにとびこんでくるなつつばめ)

待つことは慣れてゐるなり蟻地獄
(まつことはなれているなりありじごく)

明け易し父の日記に俳句かな
(あけやすしちちのにっきにはいくかな)*

まむし草塩買ひ坂の道しるべ
(まむしぐさしおかいざかのみちしるべ)

草刈ればあの日の父の匂ひかな
(くさかればあのひのちちのにおいかな)

平成22年


サイダーやシュワっと記憶去ってゆき
(サイダーやシュワっときおくさってゆき)

人にある運と不運や冷奴
(ひとにあるうんとふうんやひややっこ)

おろおろとしぶとく夏を歩きけり
(おろおろとしぶとくなつをあるきけり)

ゴーギャンの乳房と果実南風吹く
(ゴーギャンのちぶさとかじつみなみふく)

花栗や少年すぐに老い易し
(はなぐりやしょうねんすぐにおいやすし)

蚤虱いくさを知らぬ子らの夏
(のみしらみいくさをしらぬこらのなつ)

大の字に寝てふる里の夏座敷
(だいのじにねてふるさとのなつざしき)

そろりそろりと尻尾生えたる蛙かな
(そろりそろりとしっぽはえたるかえるかな)

天仰ぐ三途の川の毛虫かな
(てんあおぐさんずのかわのけむしかな)

海ゆかば怒涛のなかに沖縄忌
(うみゆかばどとうのなかにおきなわき)

曲家は煙ただよう梅雨の家
(まがりやはけむりただようつゆのいえ)

象潟の松は植田に翳おとし
(きさかたのまつはうえだにかげおとし)

何もない津軽平野や桜桃忌
(なにもないつがるへいややおうとうき)

青葉木菟話し相手の居ない夜
(あおばづくはなしあいてのいないよる)

炎昼の石積み上げて恐山
(えんちゅうのいしつみあげておそれざん)

安曇野のちひろの少女夏帽子
(あずみののちひろのしょうじょなつぼうし)

翡翠を見つけ小声の探鳥会
(かわせみをみつけこごえのたんちょうかい)

平成21年


集れば鮎釣り名人ばかりなり 
(あつまればあゆつりめいじんばかりなり)

夕涼み昭和の話ばかりして 
(ゆうすずみしょうわのはなしばかりして)

女騎手流鏑馬の矢を放ちけり 
(おんなきしゅやぶさめのやをはなちけり)

古きより暑気払いてふ麦強飯 
(ふるきよりしょきばらいちょうむぎおこわ)

見定めて網目の揃ふメロン買ふ 
(みさだめてあみめのそろうメロンかう)

交配の南瓜の雄花貰ひ行き 
(こうはいのかぼちゃのおばなもらいゆき)

青柿や坊主刈りの子居なくなり 
(あおがきやぼうずがりのこいなくなり)

蝉止まる村にひとつの信号機 
(せみとまるむらにひとつのしんごうき)

青柿や怒りし時の父の顔 
(あおがきやいかりしときのちちのかお)

海鳴を聞いて玉葱玉をなし 
(うみなりをきいてたまねぎたまをなし)

甕覗く目高が泳ぐ顔の中 
(かめのぞくめだかがおよぐかおのなか)

笠智衆歩いて来さう杜若 
(りゅうちしゅうあるいてきそうかきつばた)

木琴のリズムは軽しアマリリス 
(もっきんのリズムはかるしアマリリス)

親不知の崖直角に卯波寄せ 
(おやしらずのがけちょっかくにうなみよせ)

手に残る魚の臭い五月闇 
(てにのこるさかなのにおいさつきやみ)

豌豆を口尖らせて剥く子かな 
(えんどうをくちとがらせてむくこかな)

風紋の辿りつきたる浜昼顔 
(ふうもんのたどりつきたるはまひるがお)

シャガールの空飛ぶ人や夏の夢 
(シャガールのそらとぶひとやなつのゆめ)

平成20年


梅雨明けて漁船連なり出港す 
(つゆあけてぎょせんつらなりしゅっこうす)

門灯で夜勤帰りを蛾が迎へ 
(もんとうでやきんがえりをががむかえ)

わたすげやふはりと軽き恋をして 
(わたすげやふわりとかるきこいをして)

九十九折れの碓氷峠や蝉時雨 
(つづれおれのうすいとうげやせみしぐれ)

端居してうだつの写生海野宿 
(はしいしてうだつのしゃせいうんのじゅく)

十薬の暗きところにはびこりぬ 
(じゅうやくのくらきところにはびこりぬ)

主従等の首塚十九蝉時雨 
(しゅじゅうらのくびづかじゅうくせみしぐれ)

沙羅の花闇に散りたる白さかな 
(さらのはなやみにちりたるしろさかな)

雲の峰川中島は旗の波 
(くものみねかわなかじまははたのなみ)

老鶯の水源地より千曲川 
(ろうおうのすいげんちよりちくまがわ)

神々の泉を集め千曲川 
(かみがみのいずみをあつめちくまがわ)

涼しさや一茶の家のがらんどう 
(すずしさやいっさのいえのがらんどう)

鶯や杓文字離せぬ卯の花煮 
(うぐいすやしゃもじはなせぬうのはなに)

雷に体硬直二三秒 
(かみなりにからだこうちょくにさんびょう)

蕗煮るや妻に教はる母の味 
(ふきにるやつまにおそわるははのあじ)

平成19年 


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