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 伊々山 俳句集 (春)




平成29年 



無骨なる腕に抱かれて五月鯉

畝を出て白き肌色痩せ蛙

狂ほしく烏のゑんどう絡みたる

間引きして濯ぐ春日のはうれんさう

治聾酒を飲んで耳朶赤くなり

鍬あれば耕すしぐさ農具市

草臥れて足湯の足に春の風

畦道に棄て大根の花咲かせ

物の種播けばほろほろ山鳩来

春愁ひ絵文字ばかりの返事かな 静岡新聞

鳥帰る春夏秋冬ある限り

旅人の顔して雛の城下町

やはらかに雨滲みとおる菊根分け

あれこれと夢のつづきの種袋

あおあおと箕につまれたるはうれん草

木犀の香を載せてゐる転車台 平成俳壇秀逸

椎茸の榾の菌打ち春の風 平成俳壇佳作

我が影の右肩下がり下萌ゆる

遠富士を病舎の窓に風信子


平成28年 ↓

田に映る桜鋤きこむトラクター

揺れてゐる豌豆の莢日に透けて

山のもの夕餉にならべ春惜しむ

参道を驚かせたる蝮草

すぐ乾くアクリル絵の具新樹光(平成俳壇・佳作)

靴下を履かぬ男子やいぬふぐり

水の無きダムに柳の芽吹きかな

桜湯の花はんなりと開きけり

小流れに濯ぐ指先芹を摘む

火掻き棒突き立て帰る野焼かな(平成俳壇 秀逸)

ものの芽の鋭角ばかりいつ動く

啓蟄のひかりと影の畝をたて

この先は男子禁制桃の花

梅咲きて野のもの色をもち始む

引越しの荷に囲まれて桜餅


平成27年 ↓


沈丁のどこかにありし訃の匂ひ
平成俳壇 今井聖 秀逸

たんぽぽやふたごのどちらかが長子

鯉およぐ池を跨ぎし鯉幟

畦道に足はふりだし揚雲雀

目借時待合室の電光板

蒲公英の花と絮だけある野かな

涅槃図の皺の割れ目にかたつむり
平成俳壇7月号 佳作

朧夜のならべて足りぬ薬かな
静岡新聞 石寒太選秀逸

浮雲をながめひねもす麦を踏む

鳥帰る百名山をいくつ越ゆ

囀や本丸に在る戦の碑

剪定の小枝は蒼き空に飛び

何もかも機械真赤や農具市

逃げ水の中を少女の一輪車

水飲み場脚長蜂に譲りけり

虻を追ふ牛の尻尾のびゅんと鳴り

放浪の旅に出たきり恋の猫

春の海市振の松見上ぐかな

寄居虫を波に返して帰りけり

春愁や曇る眼鏡を拭くことも

空壜の回る堰下水温む

眠りたる夢の中まで桜舞ふ

夜桜やときどき思ふ死後のこと

花びらの上に花びら花莚

鯉はぬる音のありけり花の昼

立春や米搗きにゆくをみなあり

地境の杭の名残りの梅の花

百年を聳ゆ燈台はまにがな

春風やぷるんとまはる河馬の耳

椨の木を真ん中に据え春の寺

新しき鬼の住みつく二月尽

百年後もここに在るべし蕗の薹

潮の目の淡き流れや春浅し 

平成27年↑

波の間に富士現はるる磯遊び

人絶えて静かに降りぬ桜蕊

茶草場のなかの墓標や山桜

銀行に人溢れゐて四月馬鹿

帰らぬと決めて揺らぎぬ花辛夷

砂丘てふ砂のかたまり鳥曇

日本の軒先が好き燕来る

碑の読めぬ字ばかり鳥曇

河津桜頬の当りがむず痒し

剪定の鋏の届く限りの木

土雛梅見の客が覗きこむ

平成26年

甲斐駒ケ岳満目の梨の花

浮いて来て潜りて蝌蚪の泡ひとつ*

吊り革にぶら下がりをり春愁*

抱卵の鶏眠る濃山吹

手を置けば冷たき鼓動苜蓿(うまごやし)*

降りしきる桜を過る烏かな

春キャベツ採れば零るる水の玉*

干鰈の小さき目玉炙りけり

蛇穴を出でて畔道濡れてをり*

堂々と道の真ん中猫の恋*

青空に見えぬ止り木揚雲雀*

耳掻きに白きぼんぼん万愚節*

永き日の鍬に止まりし小鳥かな*

鳥帰る軒に転がるフラフープ

流れ来て浅瀬に溜まる薄氷

↑ 平成25年

八十八夜すぎていつきに草の丈

象小屋の土を食みゆく燕かな

行く春や行李のうちに夢二の絵

蔵町に人の溢るる花曇 *

囀りはてつぺんにゐるあの一羽

座布団がいくつも並び花の寺 *

春昼や赤き長靴干してあり

誉められてゐても寂しきシクラメン

二度となき今日といふ朝目刺かな 静岡新聞月賞H240424

うきうきとそしてしみじみ桜かな

春泥をぴよんと飛びこし来る子かな

物干の白きワイシャツ風光る

鉛筆の線まで固き二月かな *

すとおんと春の日差しのなかにをり

平成24年 ↑

義仲寺の芭蕉若葉は天を指し

霾ぐもり白い夕日をとどめさせ

行く春や野に鉛筆と彷徨へり 静岡新聞佳作

すかんぽの青い茎はた赤い茎 *

「明日がある」父の口癖夕蛙

咲きし花混じへて二夜花菜漬

抜いてゐる春大根の細きかな

真夜中の市場に揚る蛍烏賊

春雷や闇に一閃父の声

スコップの放つ土塊風光る

海道は梅日和かな一里塚

折り紙の中に折り紙紙雛 *

平成23年 ↑

寂寞と眠る浅蜊の大き舌(じゃくまくとねむるあさりのおおきした)

風待ちのたんぽぽの絮陽にふくれ(かぜまちのたんぽぽのわたひにふくれ)*

こんなにも軽く白骨桜道(こんなにもかるくしらほねさくらみち)

春林や龍太やさしき目をもてり(しゅんりんやりゅうたやさしきめをもてり)*

山寺の鐘の音ひとつ鳥雲に(やまでらのかねのねひとつとりくもに)

踏青の車椅子押す別れかな(とうせいのくるまいすおすわかれかな)

夢に出て春分の日の墓参り(ゆめにでてしゅんぶんのひのはかまいり)人賞

遠き日の麦踏んでゐる祖母と母(とおきひのむぎふんでいるそぼとはは)

紅梅に鳥の通へる道のあり(こうばいにとりのかよえるみちのあり)*

日溜りの林の中の百千鳥(ひだまりのはやしのなかのももちどり)

竹林に春月のありほろ酔ひて(ちくりんにしゅんげつのありほろよいて)

スケッチのなかの蓬を摘みにけり(スケッチのなかのよもぎをつみにけり)

尿瓶詠む兜太楽しや老いの春(しびんよむとうたたのしやおいのはる)*

平成22年 ↑ 

花菜道昔軽便鉄路かな(はななみちむかしけいべんてつろかな)

田の土を幾たび咥え燕の巣(たのつちをいくたびくわえつばめのす)

留守にして鞘豌豆のふくれっ面(るすにしてさやえんどうのふくれっつら)

行く春のまっただ中のゆで卵(ゆくはるのまっただなかのゆでたまご)

馬酔木咲く尾根断崖や城の跡(あしびさくおねだんがいやしろのあと)

地に余白あれば蒲公英ぽぽと咲き(ちによはくあればたんぽぽぽぽとさき)

かぎろいて原発見ゆる砂丘かな(かぎろいてげんぱつみゆるさきゅうかな)

はくれんの潔癖すぐに傷つきて(はくれんのけっぺきすぐにきずつきて)

写生して人待つ春の湖畔かな(しゃせいしてひとまつはるのこはんかな)

春眠やよろけて起きる子の目玉(しゅんみんなよろけておきるこのめだま)

母子像の粗き木の肌春うらら(ぼしぞうのあらききのはだはるうらら)

背を伸ばし欠伸してから猫の恋(せをのばしあくびしてからねこのこい)

畑打の父の背丸し鍬ひかる(はたうちのちちのせまるしくわひかる)

公魚や硝子細工の魚となり(わかさぎやがらすざいくのうおとなり)

薄氷の幾何学模様忘れ癖(うすらいのきかがくもようわすれぐせ)

帰れない訳はいろいろ残り鴨(かえれないわけはいろいろのこりがも)

平行線いくすじ重ね畦青む(へいこうせんいくすじかさねあぜあおむ)

春うららこの先何と遊ぼうか(はるうららこのさきなにとあそぼうか)

平成21年


黒点の雲雀鳴き止み急降下 (こくてんのひばりなきやみきゅうこうか)

商店街を速度違反の燕かな (しょうてんがいをそくどいはんのつばめかな)

畦行けば蝌蚪いつせいに泥煙 (あぜゆけばかといっせいにどろけむり)

摘み終へて茶の香ほのかな手を洗ひ (つみおえてちゃのかほのかなてをあらい)

永き日や出掛けて見たき知らぬ町 (ながきひやでかけてみたきしらぬまち)

大木の柳も何故か褒められず (たいぼくのやなぎもなぜかほめられず)

習ひたて行書ひともじ蝌蚪の紐 (ならいだてぎょうしょひともじかとのひも)

いぬふぐり歩幅の中のどこにでも (いぬふぐりほはばのなかのどこにでも)

甲斐駒も富士も見下ろす桃の花 (かいこまもふじもみおろすもものはな)

海行かば篠笛吹かば散る桜 (うみゆかばしのぶえふかばちるさくら)

鉛筆をナイフで削る余寒かな (えんぴつをナイフでけずるよかんかな)

目刺食う海の雫も二三滴 (めざしくううみのしずくもにさんてき)

つくしんぼブルドーザーは旋回す (つくしんぼブルドーザーはせんかいす)

平成20年


パレットも眼鏡も忘れ葱坊主 (パレットもめがねもわすれねぎぼうず)

里山も人も荒びし竹の秋 (さとやまもひともすさびしたけのあき)

突き出でて蒟蒻の花月を指し (つきいでてこんにゃくのはなつきをさし)

春遅々と石仏並ぶ塩の道 (はるちちとせきぶつならぶしおのみち)

笑い声ひとかたまりのチューリップ (わらいごえひとかたまりのチューリップ)

母の無い初めての花見上げゐる (ははのないはじめてのはなみあげいる)

荒れ寺の樋に一叢菫草 (あれでらのといにひとむらすみれそう)

大揺れの睡魔が来り花疲れ (おおゆれのすいまがきたりはなづかれ)

黒はんぺん焼いて余寒の肴かな (くろはんぺんやいてよかんのさかなかな)

生きて来し証や苦き目刺食ふ (いきてきしあかしやにがきめざしくう)

狐の嫁入り春めく隣村へかけ  (きつねのよめいりはるめくとなりむらへかけ)

籠の中じゃがいもの芽の唸りをり  (かごのなかじゃがいものめのうなりおり)

鎌を研ぐ水面の空や鳥帰る  (かまをとぐみなものそらやとりかえる)

黄砂降る父の戦地や供華を替へ  (こうさふるちちのせんちやくげをかへ)

一葉を噛みて茶摘の始まりぬ (いちようをかみてちゃつみのはじまりぬ)

平成19年

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