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伊々山俳句集 (秋)


平成29年

松手入れ二連梯子に命綱

人住まぬ家とも知らで烏瓜

鐘撞料百円也と薄紅葉

残りたる仕事は明日に草の花

突端は揺るるがたのし鵙高音

ふるさとの田にほつほつと藁ぼつち

音も無く編隊で来る赤とんぼ

こぼれては流るる雨の金木犀

平凡な余生ほろろと新生姜

火の山の草茫々と雁渡し

西国は蕎麦の花さへ紅あはし

雑然と積まるる雑誌涼新た

水引の花を包みし雨雫

胸元に蝗とびつく落し水

さらさらと風の軽さの九月かな

ボタン押すくらしに慣れて原爆忌 平成俳壇佳作

汀から富士立ちあがる今朝の秋 平成俳壇秀逸



平成28年


秋の川影のごとくに魚奔る

冬瓜を喰うやさらりと生くるべく

山裾に晩稲ありけり群雀

山峡の狸出て待つ十三夜

潮の香のプラットホーム秋燕

草むらの南瓜に足をとられけり

桔梗や山雨またたくまに来たる

生きものに命はひとつ地虫鳴く

栗拾ふ縄文人の眼して

そぞろ寒問診表に打つレ点

曲る時いつも直角コンバイン
(静岡新聞秀逸)

潮騒の聞こゆる早稲を刈りにけり

海鳴りを聞いて育ちし新松子

青北風や玄関先に着ける船

新涼や仏あらはる鑿の先


平成27年

林檎齧る一個にひとつ芯を持ち

この川にまづ身を寄せり渡り鳥

鵯谺三日三晩の座禅石

神々の祠は小さし木の実降る

海あれば海より湧きぬ鰯雲


赤のまま句集に生年月日かな

山寺は山のいただき鬼やんま

腹の中割つてみせやう石榴の実

蕎麦の花見上げて見れば家二軒

この山のくらしのなかにひよんの笛

一本も群るるも曼珠沙華は赤

櫂の音色なき風にぎいと鳴り

幾つもの防空壕や曼珠沙華

肩並べをり女郎花男郎花

新涼の風に乗り来る小舟かな

岩礁に釣瓶落しの安房の国

知らぬ間に夜風に馴染み秋茄子

夜鳴いてまだ鳴き足らぬ昼の虫

小鳥来る五重の塔に心柱

花野ゆく風来人の顔をして


生真面目な賢治の顔やかりんの実
(かりんは漢字表示)
平成俳壇 名村早智子選 佳作

秋暑し固まつてゐる白砂糖
平成俳壇 星野喬・戸恒東人 佳作

浜名湖に橋横たへて秋燕

秋燈をひとつ灯して北雁木

幾たびの手術切り抜け生身魂

しまひ湯をこぼして虫の夜となりぬ

山よりも海を見てゐる蕎麦の花

平成2 6年 ↓

朴落葉翳し狐になつてみる
3月号平成俳壇題詠 推薦 大石悦子選

うそ寒や薬飲む時水を飲む
  
2月号平成俳壇 推薦 山西雅子選

塔跡の石の窪みや羊雲

柿ひとつ山車が掠める在祭

円空の墓はくの字に石蕗の花

大根蒔くあとは天地に委ねけり

零余子飯一度試しに食べさせぬ

風穴は繭の種倉曼珠沙華

糸を繰る髷の少女や小鳥来る

製糸場煙突一本秋茜

繭蔵の赤煉瓦濃し秋の空

ゆるゆると潮引くころや鯊日和

白露を揺すりて落す女郎蜘蛛

やすやすと草で手を切る厄日かな

種取の茂吉の茄子三代目

来るなよと言つた真葛が線路に来

半鐘の音で始まる施餓鬼寺

今朝までは畑にありし茄子の牛


平成2 6年

柿二つつけて柿の木売られけり

倉の戸に穂肥の日付け豊の秋

鳴きながら鈴虫買はれゆきにけり

太るだけ太り葉陰の種茄子

ジョーカーを子に持たさるる夜の秋

大根の抜き菜放られ濡れてをり

行く秋や龍太の家の狐川

煙突を立てて籾殻焼いてをり

螻蛄鳴くやこの世に夜のある限り

砲台の先は海峡鳥渡る

男来て鍬のひと振り落し水  新聞秀逸

いつの間にただ置かれある石榴かな

星屑を閉じ込めたるや芋の露

力石新米二俵より重たし

うまさうな田にまつさきに稲雀

蓑揺らし蓑虫歩く石の上

月影の笛の音いつか消えにけり

秋暑しとりわけ赤き鳥居かな

巽櫓秋暑の空を支へをり

初めての顔も揃いし盆会かな

さはさはと金の音する稲の花

鍬の柄の緩びてゐるや秋暑し

平成2 5年

父と子の電話短し秋の夜

露草に露のとどまる小半日 *

間引き菜の真つ直ぐな根の揃ひけり

草むらのボールひやりと獺祭忌 *

紅白を結んでみたき水引草

目の前のコスモスだけが揺れてをり

冷やかにネームバンドを巻かれけり

鶏頭に子規の横顔交錯す *

名月を残して雲のひた奔り

明らかに狙はれてゐる飛蝗かな *

生き方はてんでばらばらねこじゃらし *

村守る木喰仏や稲の花

スイッチがあちこちにある終戦日 *

草の丈高きが揺れて九月果つ

平成24年↑

アパートに十個ばかりの吊るし柿

空稲架の残りしままに日の暮るる *

後の月ゆらりと山車の轍かな

蓑虫の百戸垂るるや風の中

烏瓜でんでん太鼓鳴らしをり

籾殻の鶏小屋に山とあり  *

牛の群静かに秋をつれて来る

田の向きに合わせて稲架の千枚田

ぼををんとぼををんと鳴るひよんの笛 *

天辺は芒原なる千枚田


天高し棚田は今も水の音
 23,11,29  静岡新聞入選

門火焚く動かぬ母の背中かな ☆


蕎麦の花沈む夕日の日本海

泥臭く生きてをります衣被

ぬきんでて一本だけの稲の花

ヘッドライト消せば銀漢降りて来し
 
23,10,27  静岡新聞入選

平成23年↑

雲ひとつ残して帰る秋終い
(くもひとつのこしてかえるあきじまい)*

夕暮れて何するでなし火恋し
(ゆうぐれてなにするでなしひこいし)

送電線斜めに走る刈田原
(そうでんせんななめにはしるかりたはら)

酔ふほどに訛濃くなる長き夜
(ようほどになまりこくなるながきよる)

遠州の風吹くままに藁ぼっち
(えんしゅうのかぜふくままにわらぼっち)

やはらかき蝗の腹を掴みけり
(やはらかきいなごのはらをつかみけり)*

前向きに生きてゐるかと曼珠沙華
(まえむきにいきているかとまんじゅしゃげ)

しばらくは妻と語らふ衣被
(しばらくはつまとかたらうきぬかつぎ)

窯元の鵙の初鳴き赤茶碗
(かまもとのもずのはつなきあかじゃわん)

冬瓜は天狗の枕野にごろり
(とうがんはてんぐのまくらのにごろり)*

潮止まり松の翳よりきりぎりす
(しおどまりまつのかげよりきりぎりす)

浮雲のふはりとおりて早稲に影
(うきぐものふはりとおりてわせにかげ)

還暦を過ぎて無花果好きになり
(かんれきをすぎていちじくすきになり)

新涼や猫の居場所がちょっとずれ
(しんりょうやねこのいばしょがちょっとずれ)

通り雨西瓜の種をぷつと吐き
(とおりあめすいかのたねをぷっとはき)*

平成22年


秋霖や舟屋の船も雨宿り
(しゅうりんやふなやのふねもあまやどり)

秋茜湾には遠き伯耆富士 
(あきあかねわんにはとおきほうきふじ)

鳴き砂を両手で掬ふ秋の浜 
(なきすなをりょうてですくうあきのはま)

草虱つけて大山女坂 
(くさじらみつけてだいせんおんなざか)

宍道湖にひとつは揺れて月ふたつ 
(しんじこにひとつはゆれてつきふたつ)

長き夜の遠き漁火またひとつ 
(ながきよのとおきいさりびまたひとつ)

行く秋や小貝も浜の砂となり 
(ゆくあきやこがいもはまのすなとなり)

コンバイン落穂ひろひは死語になり
 (コンバインおちぼひろいはしごになり)

栗は落ち人は老いゆくこんな夜は
(くりはおちひとはおいゆくこんなよは)

笛になる竹を探すや竹の春
(ふえになるたけをさがすやたけのはる)

縄文の音響かせてひょんの笛
(じょうもんのおとひびかせてひょんのふえ)

遠州の松は斜めに新松子
(えんしゅうのまつはななめにしんちぢり)

秋茄子の糠漬けきゅっと口で鳴き
(あきなすのぬかづけきゅっとくちでなき)

マニフェストちょっと不安な稲の花
(マニフェストちょっとふあんないねのはな)

新涼や猫の居場所がちょっとずれ
(しんりょうやねこのいばしょがちょっとずれ)

萩の寺尼僧の白き法衣かな
(はぎのてらにょそうのしろきほういかな)

家々の小さき窓や秋暑し
(いえいえのちいさきまどやあきあつし)

玉砕という言の葉も終戦日
(ぎょくさいということのはもしゅうせんび)

平成21年

炊き上げて男料理の零余子飯 
(炊きあげておとこりょうりのむかごめし)

一粒の浜納豆や秋深み 
(ひとつぶのはまなっとうやあきふかみ)

語らずに背中合わせの秋灯火 
(かたらずにせなかあわせのしゅうとうか)

藁塚やモネ晩年の白き髯 
(わらづかやモネばんねんのしろきひげ)

自然薯を地雷の如く掘りにけり 
(じねんしょをじらいのごとくほりにけり)

身を削る時代もありてとろろ汁 
(みをけずるじだいもありてとろろじる)

秋雲や遠き視線の芭蕉像 
(しゅううんやとおきしせんのばしょうぞう)

歩き始むる子の触れてゐる曼珠沙華 
(あるきそむるこのふれているまんじゅしゃげ)

秋蒔きの畑石灰で清めけり 
(あきまきのはたせっかいできよめけり)

恐竜のオブジェや風の猫じゃらし
 (きょうりゅうのオブジェやかぜのねこじゃらし)

写生する枠の中より鵙猛る 
(しゃせいするわくのなかよりもずたける)

真新し刈田の香る夜風かな 
(まあたらしかりたのかおるよかぜかな)

膝さすりひとり旅寝の夜寒かな 
(ひざさすりひとりたびねのよさむかな)

我家にも猪狩り注意回覧板 
(わがやにもししがりちゅういかいらんばん)

赤のまま記憶の先が揺れてをり 
(あかのままきおくのさきがゆれてをり)

大根蒔き妻の指より種生まれ 
(だいこまきつまのゆびよりたねうまれ)

秋しとど蛤形の投句箱 
(あきしとどはまぐりがたのとうくばこ)

青蜜柑青き地球にある不安 
(あおみかんあおきちきゅうにあるふあん)

敗戦日酔ひたる父の演歌づら
 (はいせんびよいたるちちのえんかづら)

貧乏神来さう烏瓜の花 
(びんぼうがみきそうからすうりのはな)

虹を見る老の背中の並び居て 
(にじをみるおいのせなかのならびいて)

芋畑にゐし少年の終戦日 
(いもばたにいししょうねんのしゅうせんび)

↑ 平成20年



四股踏んで飛び立つ鷺や天高し 
(しこふんでとびたつさぎやてんたかし)

錆著し鉄条網に鵙の贄 
(さびしるしてつじょうもうにもずのにえ)

天高し嶺に屋根あり無言館 
(てんたかしみねにやねありむごんかん)

茅葺の屋根よりつづく鰯雲 
(かやぶきのやねよりつづくいわしぐも)

秋祭少女切れよき撥さばき 
(あきまつりしょうじょきれよきばちさばき)

一年の始点終点在祭 
(いちねんのしてんしゅうてんざいまつり)

鉦叩刈らずに残す背戸の草 
(かねたたきからずにのこすせどのくさ)

湿布臭も灯火親しと馴染けり 
(しっぷしゅうもとうかしたしとなじみけり)

山を背に一畝二間胡麻実る 
(やまをせにひとうねにけんごまみのる)

風の盆寝ても離れぬ男唄 
(かぜのぼんねてもはなれぬおとこうた)

筆立の中にいつぽん秋団扇 
(ふでたてのなかにいっぽんあきうちわ)

流星を空のごみとは思はざり 
(りゅうせいをそらのごみとはおもはざり)

半分は根元で朽ちし芭蕉かな 
(はんぶんはねもとでくちしばしょうかな)

↑ 平成19年

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