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フェイドアウト            原作 周防 元水

第8話 仕掛

仕掛けが解かれた。

 私はただ時を経ることが与えられた命として人として為すことも無く生きてきた。全てが去られ耐え難い虚脱感の中にただ今を見ることだけで生きてきた。自らを顧みることは不毛の行為となって、自慰というに相応しいその日だけの目的に生き、その日だけの成果に一喜一憂し、その陰に隠れ私の生きる目的は一つづつ一つづつ封印されては深い思考の中に過去の傷口と姿を変えては忘れ去られていった。時の流れるままに終えそしてそれでも悔やまない機械仕掛けの様に過去も未来も無い「今を生きる」ことのこの例え様も無い無慈悲さは、その自らの一生をもってしても到底計り知れない深い絶望となっていく。その重みに耐えかねる、自己の束縛から逃れられない亡者として、人は後世に於いてのみ悔いそして悩みそして気付きそして改めることが出来るとは、何と無慈悲なことか。

 解かれず封印された何ものかは、打ちひしがれた者への生きる糧の如くに世津への疑問となっては表出してくる。疑問に対し覆い被さる様に守り続けた自身の心は、長い時を経る中で顔を見せない正体のない深く暗くそして醜い固まりとなって姿を変えていた。醜さは万人によりその傷を癒され般化されそして裏面のない人として自身に還元される。私は想い出に生き、ただただ楽しかった一時を描写し続けた結果として、今をも受け入れず幻影の中に生き、そして自らを断ち切ることさえも出来ずに生き長らえてきた。心に掛かる出来事はただただ妄想としてその姿を受け入れずにここまできた。

 不思議と明るい世界の存在に気付くと頭上の狭い世界に未練を捨てる。あれ程までに重く憂鬱な世界は境をもって時を越え一気に懐かしい故郷の雰囲気を漂わせる事となる。今、私は私の全てと引き換えに世津への仕掛が解かれるのを見た。打ち沈んだ長い時を経て、避ける様に見えなかったあの若き漁師の姿は、今、その輪郭を見せ始めていく。真の狼狽と躊躇とは、何の前触れもなく人をしてその生きる根底を揺さ振り時を与えず事を進めてきた。ここにその仕掛けの糸口が見え始めると、その巧みさと隠された真実に驚きやがて止めようの無い涙が溢れ出てくる。私は、今、やっと自由となり心は解かれ世津へと近付くことが出来た。

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