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  フェイドアウト           原作 周防 元水

第11話 暗夜

 新居の町での世津の想いは伝わらなかった。

 辺りの全てが閉ざされた暗夜の中の花火の如く世津の存在は煌めき光っていた。その光は外界へと連なり現世を忘れさせる。全ての存在の在処とも想えるその光は息づいていた。世津の存在、ただそれだけで生きる証として十分だった。私は私として生き、こうして煌めき光り逢瀬できるその事が嬉しかった。この至福の時が二人に同じ様に流れている、そして無情にも訪れる別離に関わらずこれからも同じ様に流れていくとそう想っていた。
 私へのさり気ない打診は他の話題に取って代わられた。世津の切ない想いは、こうして私に受け止められること無く新居の町外れの丘に消えていった。自らでしか認めることが出来ない慚愧の世界、その全てがあの漆黒の闇の中に在った。

 翌日、湖上が光りを失い暗夜を迎えると、私は目前で世津を失った。私は世津に導かれ暗夜の湖上をさまよいやがて私の故郷へと辿り着いた。幻影を見つめ長い時が流れると幻の中に自身を生かし始めていく。こうして現実と虚構の狭間で身を削り自身を研ぎ澄ませそして生きる証を求めて時を費やした。

 過去への想いは人としての基底となって未知を生きる糧となる。この故郷のこの地の中にこそ私と世津の全てがあると信じ一人戻ってきた。石段、灯籠、御神木。自身の在処を記す故郷の想い出は時を移してもここに厳として存在していた。厳として動かず存在するが故に戻せぬ時の流れは殊更強く印象付けられ訪れた者をして目を閉じさせ涙を流させる。現実は紛れもなくここにあり、想い出の主の意志は遠く及ぶ事無くこうして時を刻ませてきた。過去は朽ちていく木々の中にそして風化し欠けていく石柱の中にある。取り戻せぬ過去は怖ろしい程の寂しさの支配する現実となって私を覆い、想い出の地を訪ね歩く亡者へと私を変えていく。気が付けば人のいない処だけ歩いてきた。1年が虚しく過ぎ去る中、想いは際限なく広がり思索は求める程に空を切り虚像は決して実像となって私を癒す事はなかった。皮相の世界はこうして否定され内なる真実はその存在感を増していく。生きる証は苦悩の過程を経ても見出されず代わって神の存在が見え始め、世津と共に生きる世界が朧気に出現した。やがて全てを知り尽くす星が世津と重なると、外界の存在が光り輝き出した。

 鎮守の森の上空は私を導き吸い揚げる様に光る星まで真っ直ぐと透過している。私を覆う全てが明らかにされた今、神は漸く私を迎え入れようとしている。様々な声は遠離りもって神へと近付く世界はその門を開け私を迎え入れる。

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