Web小説

 の木

原作 周防 元水   
第8話

 物怪に怯え物忌に走る為政者にとって神祇は最上の行である。財を蓄え宮の造営によって神の入懐を図ろうとする。祠が著名な宮となって民を束ねていくその道程にはこうした人の性が隠されている。
 政の中枢にいる藤原保家は、蒲生氏を厚遇しその氏神となる神山を迎え入れんとしてその在処を寛和に尋ねさせた。

 寛和の意はその風体もあって村人には知られることはない。村人は偏に高畠里と倶厳天満宮のいわれを語っていく。蝦夷の地ならではのことである。
「山沿いの道を辿って行くと現れる。」
 被った手拭いの中から寛和を見上げた村人は、彼方を指して言った。神山はどの山か見当も付かない。求めた地が彼方に在るらしいことは分かった。寛和が見て育った大和の山々とは明らかに違う。頂の荒々しさはいやな予感を呼び起こす。

 寛和は教えられた山沿いの小道を進んで行く。山沿いと言っても幾つもの谷を横切って道は延びていた。この初秋、柿の木が葉を大きく広げその背後に実をぶら下げていた。斜面を這い上がった牛が一息付いている。そんな道の一画にも柿の木が植わっている。
 時折現れる屋敷の内にも柿の木が植え込まれている。何処も屋敷の北東の一画に柿の木を据え、南西の大木と対に鬼門を守るようにして母屋を構えていた。
 幾つもの谷と山を越えた。だらだらと下った道のその先に田らしきものが見え始める。やがてそれが視界を覆い尽くすように広がると、見事な田が寛和の前に現れた。先ほどの隠し田といい、何故陸前の田はこれほどまでに整備されているのか不思議に思える。道は直ぐに田を側に携える畦道へと変わった。
 やがて畦道は緩く左へと曲がり山深い谷田の方角に向きを変えていく。寛和のいやな予感は現実のものとなってきた。灌木が伸びてきていて人の分け入った跡がない。寛和は外していた手甲と菅笠を身に付けると、体を枝に押し当て押し当てして進んでいった。

 もうすぐ寛和の知らない世界が現れる。
TOP 柿の木 前のページ 次ページ 先頭