Web小説

 の木

原作 周防 元水   
第9話

 一刻ほど歩くと、向かいの山が間近に迫るほどとなって、谷間に相応しい陽も僅かしか当たらない妖とした場となっていく。
 畦道には須々木も覆い始め、寛和の行く手をいよいよ遮ってきた。
「あれが神山か」
 寛和は辺りを確かめるように眺めると、意を決し身を屈めて須々木林の中へと入って行く。須々木の隧道は暫く続き、盾にした菅笠と須々木の擦れる音が大きく耳に響いてくる。
 時折、寛和は立ち止まっては息を整えた。幾度か立ち止まってはうずくまり、足元を眺めては休んでいく。地が湿り気を帯び始めると、寛和は深い山々の腑ともなる葦林へと入り込んでいた。葦原を谷風が吹き抜け、ひゅーと言う風の音が辺りを支配する。
 かつて条理が敷かれ豊かであったろう谷田は、人を寄せ付けぬ葦原と化していた。
 廃田の縁付近に、飛び出たように二十畝ほどの平地が見える。土地の人が下神山と呼んでいるその場所は、鎮守の森のように、こんもりとした木々に覆われていた。葦に阻まれ、ようとして近付く事が出来ない。時折聞こえるひゅうーと言う主の無い寂しい音は、向かいの神山を拝むに相応しい御場所として、その姿を際立たせている。
 北面が神山に違いない。その麓が延びてきて下神山と繋がっていた。朱色に点々と色付く高木が見て取れる。村人が手を合わせるという柿の木である。導かれるようにして迂回して近付いていく。

 村外れの隠し地のようなこの場所が、寛和の目指す処だった。大木と化した桑や茶が朽ち果てた枝を下ろしている。地は木々の間を縫って神山に口を開き、そこから僅かばかりの陽を呼び込んでいた。
TOP 柿の木 前のページ 次ページ 先頭