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 の木

原作 周防 元水   

第4話

 馬牧に生きる民が奥羽の草原には数多に居る。代々馬の生産を行ってきた者たちだ。放牧した馬を捕らえる様は、都人には真似できぬ技であって豪快そのものだという。荒野を自由に生き身に付けた民の力は、真に尊い。が、民の力は真に尊いが故に、扱い難い厄介な代物でもある。為政者にとって民は政の手段であり目的である。民の為に事を為さない。頂点を極めた藤原氏のものである政は、非情な「格」「式」として民に下ろされる。
 律令の制度下に於いて奥羽の草原は公領の牧として取り込まれてもう久しい。

 都の造作が民を疲弊させている。国の如何なる動揺も朝廷の望むところではなかった。陸前に民を植させて間もないが、軍を動かす余裕は何処にもない。陸前の動向は都の関心事であって、敏に感じ取られている。民の無用な動きは都と同等に芽の内に制せられていかねばならない。
 「稲河声」等、結いと見られる行いが陸前では野放図の有様だと伝わる。六十余の牧と整然たる水田を持った陸前は、朝廷を支える拠点として、どうあっても平穏でなければならない。
 
 陸前は捨て置くことのできない東の要なのである。これは倶厳氏がもっともよく承知していた。神の名の下、宮の力で間違いのない政を押し進めることが、陸前に於いて倶厳氏が生き残る最善の策となる。大和より寛和をしてこの地を訪ねさせる所以はここにあった。
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