Web小説

 の木     原作 周防 元水

第3話

 熊野岳は神の住む神山として名高い。古の代々から奉られては麓の人々の疲れを癒し安らぎを与え続けてきた。
 時は流れて、律令の民が間近に迫るようになると、付近の丘に柵が幾重にも設けられるようになった。神山の性格もこれにより大きく変わっていったと言う。
 軍に守られた農耕の民が居着き始めると、下手の村々に水神として幾つもの社を築かせていった。倶厳天満宮は、奥の院と参道とを従えた本殿を持ち、その有り様はこれまでの社とは違って尋常ではない程に荘厳である。その威光は宮前から広く各地へと伝わっていく。こうして、天満宮をしてその御霊の生わす熊野岳は陸前一帯の神山として人々に畏怖の念を抱かせるに至った。
 神祇は政と事を同じくする。神を奉る宮前の倶厳氏は、為政者として人々を圧倒していった。
 倶厳とは宮前の前名称であり、山を以て民を治める神祇の職集団として大和より与えられた職号である。民を治める為に都が用いた手段なのだが、その後、国造の姓を授かることになって、倶厳氏は正式に神祇を司るようになる。氏集団としての性格を持ち始めたのがこの時で、後に氏上の倶厳知義を生み出すこととなる。
 熊野岳倶厳天満宮が民を代弁し、氏姓の制度を引き継ぐ中で各政を取り仕切るならば、宮前そして多賀の国々は、今後も都の令の及ぶ地域で在り続ける。倶厳氏が地方豪族の台頭を押さえ込み、律と令に組しない蝦夷の懐柔に成功するのならば、中央にとって宮の肥大化には目を瞑っていく。

 斯くして倶厳氏は、熊野岳の山之神を氏神として倶厳天満宮を造営し、氏上となって、陸前一の勢力を誇る大地方貴族となった。
TOP 柿の木 前のページ 次ページ 先頭