◎14年2月


地上最後の刑事の表紙画像

[あらすじ]

 ヘンリー・パレスはコンコード警察署のほやほやの刑事。 マクドナルドのトイレで、保険会社勤めの男が手すりの横棒に黒いベルトを巻き付け首を絞めて死んでいた。 検事補も他の捜査員も自殺扱いだが、パレスは釈然としない。 約半年後の10月3日、直径6.5Kmの小惑星が地球のどこかに衝突し、地球環境は甚大な損害を受け、人類はほぼ壊滅すると予想されており、自殺する者は後を絶たない状況だ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 人類の終焉を主題とした小説は「アポカリプス」小説と言うそうだが、本書は正当な警察小説の色合いが濃く、かつ滅法面白い。 事件の真相に近付いてはまた遠ざかるパレス刑事の地道な捜査が丹念に描かれ、登場人物は多いが、さほど混乱することなく読み進められる。 一方、社会全体が厭世的な空気に覆われ、インフラと社会秩序が徐々に崩壊していく様子はリアルに迫ってくる。 次作は小惑星の地球衝突3か月前が舞台だそうでこれも楽しみ。


冬虫夏草の表紙画像

[あらすじ]

 作家の綿貫征四郎は二階に山積みしてある本の一冊を引き抜こうとしてなだれを起こした本に右手指を直撃される。 近所の診療所で正体の知れぬ膏薬を塗られ鬱々としているとき、床の間の掛け軸から高堂がやってきた。 高堂は、その本に赤竜の記載がないか気をつけるように言って帰って行った。 外へ出ようとすると玄関前に蝦蟇がいた。 犬のゴローが小屋から出てきて蝦蟇をくんくんと嗅ぐ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 すこぶる風情のある和的なおとぎばなしと言える作品で、前作「家守奇譚」から9年が経過してようやく刊行された。 まるで絵双紙を繰るがごとく、全編にわたって実に幻想的な世界に存分に浸れる。 天狗や河童、イワナの夫婦から、ついには幽霊まで登場するが、まったく違和感なく物語に溶け込んでいるし、またいろいろな植物がまさに物語に花を添えている。 悠然たる語り口も物語の雰囲気に合っているし、イワナの描かれた装丁も素敵です。


バン、バン! はい死んだの表紙画像

[あらすじ]

 映写機から流れるのはアフリカにあるイギリス植民地の光景。 1923年、シビルはまだ少女だった。 自分と容姿がそっくりな娘がいた。 1歳年上のデジレ・コールマン。 学校でもよく間違われたが、遊び相手としてデジレは物足りなかった。 シビルは早熟で頭が切れたのだ。 皆で遊ぶゲームのルールを無視して、デジレは途中で突然シビルを狙って「バン、バン」と大声で言い「はい死んだ」となる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 皮肉、不条理、嫉妬、憎悪、嘲り、報復といった月並みな悪意の要素が、冷ややかな笑いのオブラートに包まれた短編集。 5〜40ページの15編から成る日本オリジナルの本。 短く乾いた文章で綴られるスタイルは、
「犯罪」などのフォン・シーラッハのそれと同種の簡潔でリズミカルなもの。 装丁からもっとストレートでドタバタしたブラックものを連想していたが、中身はひんやりとした染み出てくるような意地の悪さを感じさせる巧みなものが多かった。


峠越えの表紙画像

[あらすじ]

 天正十年(1582年)、家康はひどく落ち込んでいた。 あれほど悩みの種だった武田家が滅んだが、しょせん頭の上の重石が替わっただけ、それも今度の織田信長という石は大きく重い。 信長の一行が駿府にやってきた。 家康は信長のたった一泊のために、御座所の駿府館を新築して出迎える。 その駿府館の広縁で一献傾ける信長と家康の前には、討ち取った武田勝頼の首が置かれていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 傑作
「巨鯨の海」をものした作者が天下人・家康を描く。 時代としては、信長傘下の頃、信長の一挙手一投足に始終気にしては、疑心暗鬼、右往左往する家康は初めて読む姿。 今川家の師からは凡庸と言われ、戦上手でもなく、家来には決断の度に嘆かれる始末というあたりも実に面白い。 物語の流れがスムーズさに欠ける印象で、本能寺の変については新しい解釈だと思うが、あっさりと筋に埋もれてしまう程度の描き方なのはちょっと疑問。


穴の表紙画像

[あらすじ]

 夫に転勤の辞令が出た。 同じ県内でも県境に近い田舎の営業所。 夫の実家のある土地だったので手頃な物件はないか姑に尋ねると、実家の隣に建てた借家の住人が引っ越したのでそこに住むことを勧められる。 家賃ももちろん取らないと言われる。 姑は明るく面倒見のいい勤勉な人で、隣に住むのを拒否する気持ちにはならない。 私は非正規として勤めていた会社を辞め、夫と共に引っ越す。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 不思議な魅力を持った
「工場」の作者による芥川賞を受賞した中編の表題作に短編2作が同載。 受賞作は前作に比べれば非日常、マジックの度合いも、リズム感のあった独特の文章の癖も、やや薄味になった印象。 描かれる異界をすんなり受け入れて物語を読み進められるか否かで、この作品の評価も変わると思われるが、私は好みだ。 比べて、他の2短編はいずれも作者らしさを感じさせない小粒な作品で、一冊としての評価を下げた。


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