◎13年6月


遮断地区の表紙画像

[あらすじ]

 バシンデール団地に小児性愛者が入居したことを知らせる通知が、ナイチンゲール医療センターに届いた。 嫌われ者のセンターの巡回保健師フェイは、スタッフ・ミーティングでこの問題を取り上げようとして却下される。 フェイは悔し紛れに、団地で彼女が担当していた、十代で三人目を身ごもっているメラニーにそのことを洩らしてしまう。 疑惑の目は最近成人男性2人が入居した23番地に向けられた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 閉ざされた地区での暴動の一日を描く緊張感に満ちた社会派ドラマ。 英国ミステリの女王と呼ばれる作者にとっては異色の作品だ。 暴動の広がり、監禁の恐怖がじりじりと高まってゆき、ついに発火点に達する緊迫のドラマを、襲う側、襲われる側、そして阻止しようと奮闘する人々を交互に描き、サスペンスを高めていく。 併せて描かれる失踪した少女の行方を追うミステリ色の強い部分の完成度が逆に低く、全体のリズムを狂わせているのが残念。


工場の表紙画像

[あらすじ]

 牛山佳子は工場の正社員募集に応募し、面接のため印刷課を訪れた。 建物が折り重なる工場は広大で、この町に住んでいる者なら一族の中に工場や工場の子会社の関係者、取引先に勤めている者が必ずいる。 佳子の兄も工場の子会社に就職した。 面接官から契約社員としての採用を打診され、印刷課分室でシュレッダーによる書類の粉砕が仕事だ。 仕事場には14台のシュレッダーが並んでいる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 2中編、1短編。 表題作「工場」は、巨大な工場を舞台にしたお仕事小説はあまりないと思うが、ちょっとSFっぽい設定を交えて、段落が長い独特の文章で綴られる物語は、不思議に引きつける味を持っている。 しかし感心したのは、もう一つの中編の「いこぼれのむし」。 ある職場の、課長からパートまで、ひとりひとりの視点から職場の出来事を語らせ、各々の登場人物の本質、職場の空気、そしてひとりの女性社員を鮮やかに浮かび上がらせている。


死に金の表紙画像

[あらすじ]

 49歳の飯島は広域暴力団の三次団体である辰野組の若頭補佐。 病院へ矢坂を訪ねる。 飯島は21歳の時、矢坂と知り合った。 矢坂は組に属していなかったがその筋では知られた男で、ヤミ金融で金をため込んでいながら無駄金は一切遣わない。 8年前、仲がこじれて以来の再会だが、矢坂は癌で余命幾ばくもない。 矢坂がため込んだのは1億や2億ではないようだが、金のありかが分からないのだ。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 軽く、内容も一直線で、読みやすい。 キャラの明確な金の亡者たちが入れ替わり立ち替わり登場し、飽きさせないし、気楽に楽しむにはいい本である。 しかし、実話が元だというものの、内容にひねりはなく、変化に乏しい。 余分な連中は揃って見事に片が付いて、ラストも誰もが予想する通り。 また、まるで雑誌連載もののように、同じ場面がそこに居合わせた人物を替えて何度も描かれ、まるでリピート場面の多いテレビ番組を見ていらつく気分。


深海の夜景の表紙画像

[あらすじ]

 二宮英次は、一応名の通った会社でつつがなく勤め上げ、60歳をもって定年退職した。 定年前はリタイア後の計画をあれこれと練ってきた。 しかし実際にその日が来てみると自由の海はあまりにも広すぎて、踏み出すのが怖くなった。 家の中も二宮のスペースは失われており、妻は何かのボランティアをしているとかで留守がちだ。 無為の毎日を過ごしているところに高校のクラス会の通知がきた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 作者の本を読んだのはいつ以来か。 有名な
「証明三部作」やそれ以前のカッパノベルズでの推理小説群は当時かなり読んだ記憶がある。 もう30年以上経ち、作者も80歳だそうな。 本作品集は、仕事を定年で、またリストラで、また自分の意志で辞めた男たちを主人公に据えた短編7編からなる。 罪と償いをテーマにしたものが多く、いずれも上手くまとめられてはいるが、短い枚数で収めるためか少々都合良く展開しすぎなのが見えてしまうのは残念。


陽炎の門の表紙画像

[あらすじ]

 九州、豊後鶴ケ江に六万石を領する黒島藩。 桐谷主水は三十七歳にして執政入りを果たした。 家禄五十石の家に生まれた主水は、二十歳を過ぎた頃に相次いで両親を亡くし、貧苦から抜け出るため精励恪勤してきた。 職務においては冷徹非情で、”氷柱の主水”などと陰で呼ばれていた。 また、10年前のある事件により、出世のために友を陥れた男と主水を蔑む声も、藩内には多かった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 爽やかで気持ちの良い時代小説の多い作者には珍しく、ミステリ度の色濃い作品。 いくつかの謎を用意し、主人公と同時に読者の焦りも上手く誘って、物語に惹き付けていく。 謎の中心、常軌を逸した卑劣な”百足”なる者の正体は半ば過ぎで割れてしまうが、壮絶な終盤までしっかり引っ張る。 夫婦、姉弟、友といった関係描写にもう一段感慨が深ければと思うが、主水の寂寥感は伝わる。 時代小説を量産する作者だが、水準が落ちないのは立派。


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▲証明三部作

 1976年「人間の証明」、77年「青春の証明」、「野生の証明」。 
「人間の証明」は77年に映画化され、松田優作が主演、ジョー山中の主題歌がヒットした。三作目の「野生の証明」も映画化され、主演は高倉健と薬師丸ひろ子だった。