◎04年3月



[あらすじ]

 50才の妙子は銀行員の夫と次女の3人で無味乾燥な日々を過ごしていた。 ずっと体調が悪く、子宮筋腫の手術を受けてからも調子は戻らない。 9年前から飼っているゴールデンレトリバーのポポとだけ心を通い合わせている。 そのポポが以前から執拗にいじめを仕掛けてきた隣家の小学生を噛み殺してしまった。 鼻先で癇癪玉を破裂させられたのだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 犬を連れての逃避行。 子供を殺した犬を連れて逃げるなんて、と最初は物語の設定自体に抵抗を感じたが、読み進むうちに人生で初めて猛進していく妙子の姿に圧倒されてしまった。 隠れ家を求め姪の家に押しかけるあたりは凄い迫力。 徐々に変貌していく犬の様子なども良く描けていると思うが、とにかく物語が短いのが惜しい。 もう少しエピソードを重ねて欲しかった。 残酷だが爽やかさと安息を感じさせる結末がいい。



[あらすじ]

 月の出の時刻に合わせ男は海へ入り、欠けた歯列のような"ハルピュイアの顎"と呼ばれる岩へ泳ぎ着く。 そこにあの歌声が。 男は汚い言葉を楽しげに叫ぶ。 するとそれに応えやはり汚い言葉が返ってくる。 しかし闇の中で相手の手を引いた瞬間、それが求めていたものでないことが分かる。 その手は指が外に開いていないし、水掻きも付いていない。 表題作。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 
「夜更けのエントロピー」と同じ「奇想コレクション」シリーズで表題作ほか全10編の短編集。 これは、という派手さや新奇さ、面白さに満ちたものはないが、いずれも軽いひねりをしっかり決めている感じ。 中でも核戦争後の世界を1947年(!)に描いた作品「雷と薔薇」や漫画並の「裏庭の神様」が印象に残った。 内容は俗なものでも文章は不思議に格調の高さを感じさせる。 巻末約30ぺージにわたる編者の解説も読み応えあり。



[あらすじ]

 1961年、23才の衛藤は新天地への希望を胸にブラジルへの移民船に乗っていた。 アマゾン各地の入植地は農業用地として整備済との政府の募集を受け妻と弟と共に。 アマゾン河口の街から2週間以上遡りようやく着いた入植地は暗い密林に覆われていた。 強酸性の土壌に雨季、熱帯性伝染病。 土地に縛り付けられた入植者たちは次々に倒れていく。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
「ヒートアイランド」が滅法面白かった作者の痛快娯楽作。 と言ってただ面白がらせるだけの作品ではなく、しっかりしたテーマ性を持っているところに感心。 序盤のアマゾン移民の苦闘が迫真の描きぶりで、それが以後の復讐劇を、読み手に身を入れて読ませることになる。 警察不在の犯罪劇が多い中、捜査の描写も手抜きなく、車、銃、気の強い女との色模様と娯楽活劇の要素にも抜かり無し。 幕切れが爽やかなのも後味良し。



[あらすじ]

 小説家の小海鳴海が失踪する。 彼女の夫のもとに残されていた原稿「残虐記」。 そこには彼女が10才の時、男に拉致され1年余り男の部屋に監禁されていた事件が余すところなく赤裸々に描かれていた。 誘拐の前に殺人死体遺棄事件も起こしていた男は22年ぶりに出所。 突然彼女に男から手紙が届き、彼女はその原稿を書き上げ、姿を消したのだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 帯の謳い文句が4年前の現実の監禁事件を想起させ、読むのを躊躇わせるが、やはり作者はただ者ではない。 自らを執拗に追い込んでいく語り口には凄みさえ感じられる。 どこまでが事件の真実でどこからが被害者の想像か、暗い迷路に引きずり込まれるような感覚を味わわせてくれる。 また自分の前に監禁されていたらしい子供の存在についての後の想像が天地をひっくり返す見事さ。 短かすぎて読み足らない印象が惜しい。



[あらすじ]

 アメリカはニューメキシコ州にあるNMACは長距離専門陸上競技クラブ。 監督は金沢という日本人。 所属選手は各国の11名で、ナショナルクラスの選手が集まっている。 エチオピア人のジェシカは日本人のアユミと親しかったが、最近アユミは練習に身が入っていない。 ジェシカはアユミが夜中に合宿所を出てフェルトの人形に釘を打ち付けているのを見る。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 
「葉桜の季節に君を想うということ」で超弩級のトリックを披露した作者が女子マラソンの世界を舞台とした本格もの。 レース中の殺人事件。 その事件解明より少々外れたところで大きな仕掛けが施してある。 それが明かされた一瞬は驚かされたものの、その仕掛けの仕方に納得できないような気分になった。 それはないだろ、みたいな。 事件の解決もあっけないが、舞台設定が興味深く、物語としては十分楽しめる作品ではある。


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