◎04年2月



[あらすじ]

 半年余りのベトナム戦争従軍経験を持つ私は、帰還後、自動車保険業界に入った。 アルコール依存症で妻ケイとは離婚。 今日は何か月ぶりかで会った6才の娘キャロラインとコロラドにある小さなスキーリゾートに来ている。 コンクリート製コースをそりに乗って滑り降りるアルペンスライドに乗ることにしたが、頭に浮かぶのは仕事で取り扱った様々な交通事故のことだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 表題作ほか全7編の短編集で、出版社が「奇想コレクション」としてまとめた日本オリジナルのもの。 どの作品もまさに"奇想"で、ジャンルの壁を超えた作者の芸達者ぶりが伺える。 とりわけゾンビものの「最後のクラス写真」は強烈な作品。 また昔の教え子と時空を超え1対1の殺し合いをする「ケリー・ダールを探して」も凄い。 否応もなく不可思議な世界に放り込まれ、明確な結末もなく突然放り出される感覚が味わえる見事な作品集。



[あらすじ]

 1995年、神戸にある父の小さな金属加工会社は倒産し、生命保険を残して自殺。 雅也は呆然とした通夜を過ごし、翌朝早く、それは起きた。 怖ろしい揺れ、巨大地震だった。 前夜、保険金で借金を返すよう催促してきた叔父の俊郎が倒壊した梁の下敷きになっていた。 まだ息がある彼に雅也はためらいなく瓦を振り下ろす。 気が付くと女が立っていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 4年ほど前の
「白夜行」と同系統の、自らの光を求め犯罪を重ねていく者たちを描くミステリ。 巻頭から好調な滑り出しで、地震によって人生を狂わされた男と甦った女の綱渡りのような人生が娯楽味たっぷりに展開し、伏線を張り巡らし、適度なスピード感を保ち、最後まで飽きさせない。 特に女の正体が徐々に探られていくあたりは、思わず引き込まれてしまう。 前作に比べやや深みにかけるが、娯楽作として存分に楽しめる。



[あらすじ]

 彼は30年ぶりに中国から日本に戻った。 大学紛争が盛んだった1968年、文化大革命に憧れ中国に渡り、そのまま片田舎の貧村に半ば幽閉された形で住んでいた。 密航船で伊豆に上陸し、夜、他の密入国者らから逃れひとり東京へ。 古い友人だった志垣に電話をかけ、彼の世話になることに。 30年ぶりの日本、様々な思いを胸に彼は町を彷徨い歩く。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 若さの勢いという感じで中国へ渡った男が、30年の時を隔てて今の日本とそこに立つ自分を見つめる姿が淡々と描かれていく。 今浦島の身分を面白おかしく描くわけでなく、戸籍を失った彼を深刻に描くでもなく、彼の思うがままが素直に描かれ好感が持てる。 ノスタルジー色に浸っていないところもいいし、女子高生との交流もイヤ味はない。 ただ設定の割に驚きが少なく、もう少しドラマチックな描き方でも良かったかなと思わせた。



[あらすじ]

 渡辺美久は高校以来のつき合いだった文也と2年前に結婚、早々とマイホームも建て、娘の美也は生後6か月。 そんな彼女のもとに高校のソフトボール部のキャプテンだった片桐陶子から電話が。 やはりソフト部員だった牧知寿子が死んだという知らせ。 会社を早退してくれた文也に美也を預け、通夜へ出かけると懐かしいソフト部の面々が集まってきた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 高校の女子ソフトボール部員だった女性たちの、卒業から7年後の今を描く連作7短編。 それぞれ仕事で壁にぶち当たったり、リアルな青春が比較的軽めのタッチで綴られていく。 重めの話も清々しさを感じさせる文体で流れるように読め、あまりに全体が滑らかな印象で逆にそこが少し不満でもある。 部員の中の一人の死を軸に、日常のちょっとした謎も上手く取り入れ、薄味ながらミステリー仕立てにもなっており、楽しめる作品。



[あらすじ]

 5月の晴れた朝、通勤途上で私は交通事故に遭った。 病院のベッドで目覚めたようだが、話せず、何も見えず、何も聞こえず、全身に力が入らず体を動かすこともできない状態。 唯一、右腕の肘から先にだけ痺れるような感覚があった。 音のない暗闇で人差し指を動かすことしかできない。 その指をふいにだれかが触った。 妻の指だと理解した。 表題作。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 作者が以前角川スニーカー文庫で世に出した短編5編と書き下ろし1編の短編集。 表題作のような読み進めるのがとても辛い重苦しいものから、コミカルな泥棒もの、青春ファンタジーなど、
「ZOO」同様、ヴァラエティに富んだ短編ばかり。 主張などなく気軽に楽しんで欲しいと言う作者だけに、奇妙で不可思議な乙一ワールドは十分面白い。 ただどの物語も展開にひねりは少なく、意外性やスケール、飛躍の仕方はやや小さい印象。


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