TOP > 立教189年(令和8年)2月18日発行 第336号
    教祖140年祭真柱様お言葉(要旨)

教祖140年祭真柱様お言葉(要旨)
立教189年1月26日

 教祖は、明治20年1月1日風呂場からお出ましの時、ふとよろめかれ、1月4日には急に御身上が迫り、飯降伊蔵様を通しておさしづを伺うと、「さあ/\もう十分詰み切った。これまで何よの事も聞かせ置いたが、すっきり分からん。何程言うても分かる者は無い。これが残念。」とのお言葉があり、教祖は息がなく、冷たくなりました。一同は驚いて、おつとめを控えていた事を反省し、おつとめをしました。その後も教祖の御身上が切迫し、談じ合いを重ね、初代真柱様がお伺いすると、教祖は「月日がありてこの世界あり、世界ありてそれ/\あり、それ/\ありて身の内あり、身の内ありて律あり、律ありても心定めが第一やで。」と仰せられ、月日親神がこの世人間を作り、人間が定めたのが法律である。法律があるからつとめができないと言うが、元なる親神様の心に沿いきる心を定めることが第一であると、陽気暮らしへの心の持ち方、法律に先立つ心定めをお諭し下さいました。これは現在の私たちの信仰の要でもあります。
 1月18日からは、教祖の御身上平癒を願って、連夜お願いづとめがつとめられ、2月17日夜、18日、陰暦1月26日、いよいよ御身上が迫り、ついに意を決しておつとめをすると、警官は来ませんでした。ところが、教祖は御身をお隠しになり、茫然自失し、悲嘆に暮れましたが、おさしづを伺うと、「さあ/\ろっくの地にする。皆々揃うたか/\。よう聞き分け。これまでに言うた事、実の箱へ入れて置いたが、神が扉開いて出たから、子供可愛い故、をやの命を25年先の命を縮めて、今からたすけするのやで。しっかり見て居よ。今までとこれから先としっかり見て居よ。」とのお言葉がありました。
 二代真柱様は、おさしづに「始めた理と治まりた理と、理は一つである。」とあり、陽気暮らしの道をお教え、人々の成人を促して身を隠されたのも、子供可愛いという親心からとお話下さいました。教祖は五十年に渡りたすけ一条の道を歩まれ、定命を縮めて現身を隠され、存命の理を以ってお導き下さっています。この教祖の深い親心にお応えすることが、年祭をつとめる意義であります。
 皆様方には、三年千日の年祭活動の上にお励み下さり、有難うございました。
 今日をもって、一つの区切りがつきましたが、陽気ぐらの世界への道はまだまだ遠く、十年ごとに年祭という一つの節目をもうけ、全教が改めて目指すべき処を確認し、心の向きを揃えて、心のふしん、形のふしんを進めてきました。
 これからは普段の歩みになりますが、3年前に戻ってしまったのでは何にもなりません。3年間の努力の上に立った歩みを続けていかなければならないと思います。今日は、新たな歩みだしの日でもあり、これからも勇んで歩み続けて下さることをお願い致します。