教祖140年祭活動方針
- 教祖の親心にお応えすべく、よふぼく一人ひとりが教祖の道具衆としての自覚を高め、仕切って成人の歩みを進める。
- 常に教祖ひながたを思案した通り方を心がけ、たすけ一条の道に邁進させて頂く。
- 「水を飲めば水の味がする」「節から芽が出る」「人たすけたら我が身救かる」というお言葉を胸に、日々通らせて頂く。
活動目標
にをいがけ・おたすけを中心とした活動
にをいがけ・おたすけを中心とした活動
一、身近な人に信仰の喜びを伝える
言葉使い、行いを正し、心を配る
ひのきしん、おぢばがえり、別席
言葉使い、行いを正し、心を配る
ひのきしん、おぢばがえり、別席
身上事情の治まりを願う
三、おたすけの心を持って通る
身上者にはおさづけを取り次ぎ、
取り次いで頂くように心掛ける
身上者にはおさづけを取り次ぎ、
取り次いで頂くように心掛ける

本部秋季大祭(令和7年10月26日)
真柱様は、教祖140年祭の1月26日について、年祭の当日、おぢばへ帰って来れなくても、その日を嬉しい心で迎えられるよう、勇み心を奮い起こしてお通り下さい、と仰せられました。
静岡大教会として、雪の心配や、それぞれの諸事情からおぢばがえりできないことも考え、10月26日の本部秋季大祭には、別席団参を行い、大勢の方をお誘いしておぢばがえりをさせて頂きたいと声を掛けさせて頂きました。
その機運は全国に及び、秋季大祭には大勢の帰参者があり、陽気に勇んでおつとめが勤められました。
祭典講話で真柱様は、
親神様が陽気ぐらしを見てともに楽しみたいとの思召から、人間世界をおはじめになり、天保九年十月、教祖をやしろとして、たすけ一条の道をお啓き下され、教祖はおつとめをお教え下さり、五十年のひながたをお残し下さいました。
さらには、教祖の定命を二十五年縮めて、子供の成人をお急き込みになり、おさづけの理を戴けるようになりました。
つまり、教祖の年祭は子供を可愛いゆえにお見せ頂いた、仕切りのふしであり、この親心にお応えさせて頂くのが年祭をつとめる意義であります。
とお話し下さいました。さらには、教祖の定命を二十五年縮めて、子供の成人をお急き込みになり、おさづけの理を戴けるようになりました。
つまり、教祖の年祭は子供を可愛いゆえにお見せ頂いた、仕切りのふしであり、この親心にお応えさせて頂くのが年祭をつとめる意義であります。
真柱様は、今何ができるかを考えて動いてほしいと仰せられております。静岡大教会としても、最後の最後まで休むことなく、一人ひとりが声を掛け合って動いて頂きたいと思いますので、どうかよろしくお願い申し上げます。
立教188年(令和7年)11月18日
静岡大教会長 松浦一郎
教祖140年祭活動の御供
令和8年1月18日の大教会春季大祭まで、いつもの月々の御供とは別に、それぞれ教会で集めて頂きたいと思います。大教会へは、一つにまとめるか、また、集まったものを両替(硬貨)せず、そのままお持ち頂いても結構です。尚、御供して頂いた方の氏名をご記入下さい。