03及び04 

う わ や ま  う し ろ  お に い た  け ん ぎょ





 03


聖武天皇平城京にて答える之図




04


遠江国司桜井王歌を詠みて天皇に奉る之図」
                 (出典;万葉集巻八)




奈良時代、聖武天皇は都である平城京に東大寺を建立、各国に国分寺の建立を命じた。
遠江国にも国分寺が建てられた。

ここに国司として赴任したのが、天武天皇の曾孫といわれる桜井王(さくらいおう)。この人が府八幡宮を勧請したといわれる。

桜井王は、この地から歌を一首天皇におくった。
天皇も早速返歌をお返しになった。
これが「万葉集」に残っている。

「九月のその初雁の使いにも念う心は聞こえ来ぬかも」

の歌に対して、聖武天皇は都より遠江の国司桜井王を偲んで・・・

「大の浦のその長浜に寄する浪寛けく君を念うこの頃」

と返歌されました。

これらの歌は山車の「見送り幕」に万葉がなで刺繍をした。
この鬼板と懸魚は、遠く離れても心を通わせた天皇と下臣の姿を表している。

鬼板の女性は、聖武天皇の皇后、難病の貧しい人々を救済した光明皇后である。

懸魚の後姿が桜井王とその付き人であり、彫刻はしっかりとその表情まで彫られている。ただし、下からは見えない。 
(歌の説明は「幕」の項に・・・)


05
 

う わ  や ま  ま え  た い  へ い   び れ 






 「鳳凰雲中飛翔之図

 鳳凰之図




中国に古代より伝わる吉祥を呼ぶ伝説上の鳥。
麒麟、亀、龍とともに「四瑞」または、「四霊」といわれる。
前は麒麟、後は鹿、頸は蛇,、尾は魚、背は亀、顎は燕、嘴は鶏に似ているという。
五色に体を輝かせ、美しい声で鳴き青桐の木に棲む。
雄を「鳳」雌を「凰」というともいわれている。
 
 

06 

 う わ や ま  う し ろ  た い へ い  び れ





宝珠を捧げる秋鹿神官之図

   府八幡宮司・秋鹿神官


一説には「魂」ともいわれる宝を三方(さんぼう)に載せ捧げる神官は、当地の名流である秋鹿(あいか)氏の先祖である。
秋鹿氏は、室町時代末期にその初代左京亮朝治が出雲国秋鹿郡から羽鳥庄貴平郷と中泉郷の地頭となり来遠した。
以来三十代にわたり、ある時は武将として、ある時は代官として、また府八幡宮の神官として活躍した。
初め、御殿に屋敷があったが、徳川家康の別荘とされ、代わりに久保村に土地屋敷を与えられたという。



トップ・ページへ戻る

記念誌