先ず、前幕は府八幡宮の社紋「右三ツ巴」を、また両脇には白山神社の社紋「五七之桐」をそれぞれ本金刺繍で仕立てました。
横幕には旧山車の図柄を踏襲し、左脇には氏子の隆盛を願い「竹に虎之図」を、また右脇には氏子の不老長寿を願い「鶴と亀之図」が色鮮やかな絹糸により刺繍されております。
それぞれの動物の眼にはガラス細工が、そして爪には銀細工が施されています。また横幕裏絵にはめでたい「松竹梅之図」が描かれています。
さらに目と心を楽しませてくれるのが、見送り幕です。
見送り」とは山車の背後に下げる掛け軸のことであり「見送る」とは遠く去りゆくものを、その場に居て名残惜しみつつ眺めやるという意味から、哀愁漂う図柄を企画し表現してみました。
見送り幕の中央には、奈良時代府八幡宮を勧請した遠江守桜井王が今之浦一帯を望む台地の国府より遠い奈良の都を慕(した)って詠(よ)んだ歌
「九月(ながつき)のその初雁の使いにも念(おも)う心は聞こえ来ぬかも」
の歌に対して、聖武天皇は都より遠江の国司桜井王を偲んで・・・
「大の浦のその長浜に寄する浪寛(ゆた)けく君を念(おも)うこの頃」
と返歌されました。
【万葉集はわが国でもっとも古く編(あ)まれた歌集としてよく知られています。7世紀から8世紀にかけて詠まれた約4500首の歌があり、この歌は万葉集第8巻に納められています。遠江では、この国司と天皇の相聞歌(そうもんか)をはじめ22首の歌が含まれています。この2首の歌より伊波太(いわた)地方往古(おうこ)の様子が窺(うかが)えます。】
そして緋羅紗地を夕焼けの空に見立て、下部に国分寺七重の塔と山並みが落日のシルエットとして浮かび、九月(ながつき)の黄昏(たそがれ)に雁が群をなし飛び去る様(さま)を表現してみました。
寸法は縦6尺、横3三尺の大きさで、金襴の額縁で囲い掛け軸の風鎮(ふうちん)の役目を果たす房飾りを11本取り付け、また上部2本の房には銀製鳳凰の透かし細工が目をひきます。
さらに裏絵には下鴨神社の蹴鞠(けまり)風景が描かれております。そしてすべての幕の「ち」は細かく金襴を配し、幕のたるみを防いでいます。
以上、図柄の下絵及び揮毫(きごう)は志村光逸氏が、そして山車幕の刺繍は小田泰巳氏が手掛けました。