第3章 助っ人見参!

 

 

「渋谷に降魔が現れました。至急、作戦指令室まで集まってください!」

久しぶりに由里の声が場内に響き渡った。風組のメンバーも非常事態につき、ここに集合した。

池袋に降魔が出現してから4日、未だ大神の意識は戻らなかった…。

 

「渋谷に現れた降魔は20体ほど。でもこの前の事もあるから決して油断しないで。

それに、さくらが隊長としての初陣だから、さくらを助けてあげて。

特にレニ、貴方は今回はさくらのサポートを中心にお願いね。」

「了解…。」

相変わらずレニは言葉少なめだった。

「私がこんな事にならなければ…。さくらにこんな負担はさせないのに…。」

マリアは申し訳なさそうであった。

「大神さんの事で落ち込んでいたけど、もう大丈夫です。大神さんの為にも頑張ります。

みんな、力を貸して!」

「おー!!」

「よぉし、これなら心配はいらねぇな。おいさくら、出撃命令だ!」

「はい、ええと…、帝国華撃団、出撃せよ。」

「おいおい、こんな小さい声じゃ、降魔は倒せねぇぞ…。もう一度!」

「帝国華撃団、出撃せよ!」

「了解!」

メンバーは揃って光武二式に向かって駆け出していった。

「頼むぞぉ。大神とマリアもいない中、皆の頑張りが頼りなんだ…。」

米田の表情は、まだ硬かった。無理も無い。未だ危機的状況にかわりが無いからである。

敵の正体もまだ不明だし、目的すらまだ解りかねなかった。

「ところで、助っ人というのは本当に来るのでしょうか?」

マリアが気になっていた事を米田に聞いてみた。

「わかんねぇな。お偉いさんの考えてる事ってなぁ、理解出来ねぇよ。

誰寄こすかぐれぇ、一言いやぁいいのに…。」

米田の口調は愚痴っぽかった。

「敵は待ってくれないんだから、今来てもらえると助かるのに…。」

かえでも米田に同情した。

 

翔鯨丸は一直線に渋谷に向かった。地形が複雑な為、空中から光武二式は地上めがけて降りていった。

降魔はまだ、それ程暴れてはいなかった。

「帝国華撃団、参上!」

さくらの隊長としての初陣が、ここで幕を開けた。かつて、花組が軍に凍結された時に、

さくらが中心となって光武を奪い返し降魔と闘った事はあったが、隊長役を任命されての戦いは、

もちろんこれがはじめてである。

「さくら、指示を出して…。」

翔鯨丸からマリアが声をかけてきた。

「二手に別れましょう。レニとカンナさん、すみれさんは私についてきて下さい。」

「これだとバランスが悪い。さくらとボクと織姫とアイリスでどうかな?

後は、すみれに任せればいい。」

レニが自分なりの考えを述べた。

「あ、そうですね。それで行きましょう。」

「作戦はどうする?」

続いてレニが訊ねた。さくらはというと、しどろもどろしていた。

やはり緊張して思い通りの行動はできないようだった。

「ええと、まず…、様子を見ましょう…。」

「甘っちょろいですわ!一気に攻撃すべきでしょう!先手必勝です!」

すみれは煮え切らないさくらの態度に、イライラしていた。

「すみれ、落ち着きなさい!」

再び翔鯨丸から、マリアが口を挟んだ。

 

そうこうしている内に、降魔が光武に向かい攻めてきた。

ここで気合を入れなおし、さくら達は、二手に別れて迎撃する。

「レニ、お願い!」

「まかせて、さくら。」

まずは一匹を仕留めた。しかし、まだまだ敵の数は多く残っている。

「織姫さん、アイリスの援護を!」

「任せなさ〜い!」

「どっか、いっちゃえ〜!」

そしてもう1匹を退けた。調子は上々のようだった。

「こっちも2匹仕留めたぜ!今回は楽勝だな!」

カンナも順調に降魔を倒していった。すみれ側も、今のところ問題はなかった。

「油断しちゃだめよ!周りに注意して!」

かえでも翔鯨丸から指示を出し続けた。

 

「いくよ…。」

レニ機のランスが降魔の体を貫いた。地面に倒れこむ降魔…。

しかしその背後から別の降魔が襲ってきた。

「くっ…。」

レニは不意を突かれた。防御が間に合わず、まともに攻撃を受けてしまった。

さらに別の降魔が3匹、レニに向かって襲いだした。

まるでコンビネーションプレイの訓練を受けているが如くの、見事な連係プレイだった。

「レニ〜!大丈夫〜?」

アイリスはレニの事が心配そうだった。

幸いにも2度目の攻撃は避けれたので、致命傷には至らなかった。

「気をつけて。複数で攻撃してきそうだ…。」

すぐさま先程の降魔が、さくら機に向けて襲い始めた。

「やらせないデ〜ス!」

織姫がさくら機の援護にまわった。レニもすかさず応援に入った。

敵の動きは予想以上にいいみたいだった。

「織姫さん、レニ、援護をお願い!」

さくら機は太刀を手に取り、降魔に立ち塞がった。そして呼吸を整える…。

「でやぁぁ!!」

さくら機は1匹の降魔に向けて太刀を振り下ろした。

しかし攻撃は避けられ、もう1匹の降魔がさくらを襲った。

「危ない!」

すんでの所でレニが間に入った。しかしレニにも降魔が襲いかかる…。

「邪魔デ〜ス!」

今度は織姫機が援護をした。これで何とか攻撃を凌いだが、

今までと比べるとはるかに手強い相手のようだ。

「どういう事だよ?降魔の連携なんて、聞いたことないぞ!」

「そんな、ウチにも何がなんだか…。」

「わかっているのは、今、ピンチだという事ですわ!」

すみれ達もかなり苦戦しているようだった。降魔の連係プレイに面食らっているようだった。

「みんな落ち着いて。状況をよく判断して!」

マリアは、自分が出撃出来ない事に苛立っていた。

 

「ああ、しもた!」

紅蘭機がバランスを崩してしまった。間髪入れず、複数の降魔が襲ってくる…。

「紅蘭、逃げて!捕まったら自爆されるわよ!」

かえでは必死で通信で呼びかけるが、援護が間に合いそうにない。

「させませんわ!」

すみれ機が長刀片手に、全速力で救援に向かった。しかしギリギリ間に合うかどうか…。

「く、来るなぁ〜!」

紅蘭機はミサイルを発射した。だがまともに被弾しても、降魔は何事もなかったかのように、

紅蘭機に向かっている。絶体絶命のピンチである。

「あかん、もうだめや…。」

紅蘭は一瞬、諦めかけたが、間一髪の所で、すみれ機が間に合った。

「あ、ありがと、すみれはん。もうダメかと思うたわ。」

「オーホッホッホ…。帝劇のトォォォォップスターの、この私に相応しい登場でしょう?

さあ、いきますわよ!」

すみれ機は、降魔を睨みつけて臨戦態勢に入った…。

 

「上空に未確認飛行物体接近中。データとも照合しません!」

「何?また敵か?こんな時に…。」

「かなりの大きさです。あっ、何か射出されたみたいです。」

突然、帝都上空に巨大な物体が出現した。かなり速い速度で帝都に近づいてきたらしい。

「一体、何が…。」

かえでも突然の事に、かなり混乱していた。果たして敵なのか、味方なのか…。

まだこの時点では詳細は全く不明である。

 

「ねぇ?何か、こっちに来るよ…。」

アイリスが、正体不明の物体が飛行しているのを見つけた。

銀色に輝く物体が、猛スピードで近づいてきた。

「何?何が来たの?」

さくらも気がついたようだった。今の戦況は、まだ良くなかった。未だ状況は不利のままであった。

高速で近づく謎の飛行物体から、何か光る物が発射されたようだった。

そして、それは降魔に直撃した…。

降魔に当たったものは…ナイフ。謎の飛行物体は、そのまま降魔に向かって攻撃を続けた。

謎の飛行物体の正体は、銀色に輝く霊子甲冑だった…。その勇姿は…。

アイゼンクライト!

「まさか…。」

「一体、どうして…。まさか、助っ人というのは…。」

見覚えのある機体…。おそらく搭乗しているのは…。

「ラチェット!!」

「ハ〜イ、お久しぶりね。皆さん…。」

嘗て一時期、帝都花組に所属した事もある元星組隊長、ラチェット・アルタイルだった。

「挨拶は後。さ、早く片付けましょ。無駄な時間は過ごしたくないの。」

「は、はい、ではラチェットさん、カンナさんの方の援護をお願いします。」

「わかったわ。さあ、いくわよ!」

花組の反撃が開始された。下がりかけた士気も、また上がり始めた。

 

「ラチェット、援護を頼む!」

「ええ、いいわ…。」

カンナ機が降魔に向かって突進していった。降魔側は3匹のコンビネーションで襲ってきた。

「はっ!!」

ラチェット機から無数のナイフが発射され、両側の降魔に命中する。

「ウチも協力するでぇ!」

紅蘭機からも、援護射撃が行なわれる。

「チェストォー!!」

カンナ機の攻撃の直撃を受けた降魔は、後方へ吹っ飛ばされてしまった。

「とどめですわ!」

そして、すみれ機の長刀が降魔を仕留めた。

ラチェットとは久々の戦いながら、息はピッタリだった。

「さあ、次、行くわよ!」

まさにラチェットは絶好調だった。

「さくらさん、こちらはもう大丈夫ですわよ。そちらはどうかしら?」

すみれから、さくらへと通信が送られてきた。

「こちらも何とかいけます。すみれさん、油断しないでくださいね。」

「全く、帝劇のトォォォップスターに向かって…。一言多いですわ!」

「すみません…。」

大神でさえ、まとめるに苦労してきた花組である。まだまださくらには、荷が重いようだ。

 

「はぁぁ!!」

ラチェットが援軍として駆けつけてくれたおかげで、

下がりかけた士気も再び高まり、形勢は逆転した。

降魔のコンビネーションも、最初は面食らったところがあったがパターンが単純であったので、

降魔の行動の先を読んで、逆に光武の連携で次々と降魔を倒していった。

さくら側のほうは、降魔を完全に殲滅した。

予想外の場所からの降魔の出現にも細心の注意を払っていたので、大きな被害もなくすんだ。

すみれ側の方も、もう少しですべて片付きそうだった。

今回はこれで、任務を無事に終えるかと思われた。しかし…。

「ラチェットさん、単独行動は控えて!」

すみれがラチェットに向かい絶叫した。ラチェットは、援護なしで残る降魔の群れに向かって、

単独で攻撃を仕掛けた。無数のナイフが降魔に投げつけられ、降魔は沈黙する…。

だが苦し紛れに降魔は、ラチェット機に向けて毒液の様なものを吐き出した。

それがラチェット機のカメラにかかり、何もモニター出来なくなってしまった。

「しまった…。」

視界を遮られたラチェット機に向けて、残っていた降魔が一斉に襲い掛かった…。

援護も間に合わない…。だが突然、フラッシュのような強烈な発光が、降魔に向けられた。

降魔は目を遮られ、右往左往していた。他のメンバーも、一瞬視界が奪われたが、

すぐにラチェット機の救出へと向かった。

「一刀両断!」

「華麗に、優雅に…。」

「これで終わりだ…。」

一気に攻撃を仕掛け、残りの降魔の殲滅に成功した。今度こそ任務が終了した。

「危ないところやったな。でも、あの光は何だったんやろ?」

「さあ、わかりません…。」

疑問が残る点もあったが、花組メンバーは翔鯨丸に回収され、帰還した。

 

 

「それにしても…、ラチェットさんが助っ人とは思いませんでした…。」

さくらは、意外な人選に少し驚いていた。

「花小路伯爵が、安心するように言ったのも頷けるよな。ラチェットなら安心だ。」

花小路伯爵邸で一悶着起こしたカンナも、実力のあるラチェットが来た事で、納得していた。

「でも…。」

話の途中で、マリアが口を挟んだ。

「いくら効率を重視するとはいえ、単独で降魔に向かったのは良くないわね。今回の降魔は、

連携で攻撃を仕掛けてきているわ。それも襲ってくるたびに高度になってきている気がするの。

だから、こちらもチームワークを重視したいの。わかる?ラチェット?

効率ばかり重視するのは、やめましょう。」

「ごめんなさい。効率よりも重要な事がある事を貴方たちに教えられた筈なのにね。気をつけるわ。」

以前、花組にいた時よりは、ラチェットは素直になっていたようだった。

現在、紐育にて華撃団を指揮する立場におり、

ここで学んだ効率よりも大切なものについて実感を味わっていた。

「でも、来たのがラチェットでよかったで〜す。

どこのドイツのポテトか知らない人が来たら、困ってたで〜す。」

「戦力的には、申し分ない…、と思う…。」

織姫は、まあ喜んでいたみたいだった。レニは以前の蟠りがあったが、

今はそんな事を気にしている時ではない、と自分で自分を納得させていた。

「ところで、わからんのは、なして効率を重視しとるラチェットはんが、帝都まで来た事だけど。

ラチェットはん、どないや?」

紅蘭は、ふと疑問になっていた事を口にしてみた。

「ふふ、帝都の援軍の目的もあるけど実はね、他にも目的があったの。」

ラチェットは、紅茶をすすり、話し始めた…。

「もう一つの目的は…、紐育の華撃団の旗艦となるべくして製造した

『アイアン・ツェッペリン号』の遠距離飛行実験なの。

霊子核機関の長距離飛行をした時のデータの収集を目的としているの。

今のところの結果は上々。もしこの船が完成したら、

亜米利加の果てだけでなく、帝都でも巴里でもわずかな日数で向かう事が出来るわ。

ねっ、凄いでしょう。」

「噂には聞いた事あるけど…、まさかここまで完成してるなんて思わなかったわ…。

帝都上空にいきなり現われた飛行物体がそうなのね?」

かえでは以前、アイアン・ツェッペリン号の噂をどこかで聞いたことがあったが、

超高速飛行の出来る大型空中戦艦なんて無理だと思っていた。

それが、もう少しで完成しようとしている。亜米利加の科学力に脅威を感じた。

「成る程…。それでデータを集め終えるまで、帝都にいるわけですね…。」

「そう。ま、その頃にはマリアさんの怪我も完治していると思うから…。短い間になると思うけど、

それまではまたよろしくね、帝都の皆さん。」

ラチェットは少し微笑んで話を終えた。

「ところでラチェット…。」

マリアが先の戦闘で疑問になっていた事をラチェットに聞いてみた。

「さっきの戦闘で発光弾のようなものを撃った、『スター・改』みたいだった兵器。

あれはラチェットが持ってきたの?」

マリアは翔鯨丸から、黒い色彩のスター・改らしき兵器が、

発光弾のようなものを発射していたのを目撃していた。しかし閃光に目が眩み、

再び見た時には、もういなくなっていた。ちなみに「スター・改」とは、

欧州大戦時に亜米利加で開発された、蒸気式戦闘車両の事である。亜米利加における南北戦争で、

初めて使用された人型蒸気兵器「スター」を改良したのが「スター・改」である。

ただマリアが目撃した機体は、「スター・改」にかなり改良が加えられているようで、

もしかしたら「スター・改」とは別物かもしれなかった。

「いいえ、そんな古臭いものは持ってこないわ。じゃあ、一体…。」

ラチェットは首を傾げていた。

「また一つ、謎の機体か…。今回は謎ばかりね…。」

かえでも解らない事ばかりで、腕を組んで考えていた。

しかしラチェットの参加により、これで当面は戦力的な不安は解消された。

とはいえ敵の正体も目的も未だ不明である。さらに、謎に満ちた機体…。まだまだ余談は許さない。

帝都は暫くの間、緊迫した日々が続きそうだった…。