第2章 揺れる花組

 

 

池袋に降魔が出現してから、2日ほど経過していた。

米田は苦りきった表情をしていた。そして、未だ大神の意識は戻っていなかった…。

「それにしても、何故、意識が戻らないでしょう?精密検査をしても、どこも異常はないし…。

もちろん外傷はないし、脳波も正常。原因が全く不明です。強いて言うなら…、

大神くんの意識だけ、何処かに閉じ込められている様な…、そんな感じですね。」

かえでも、困惑した表情を浮かべていた。先程、大神が入っている医療ポットを見てきたが、

大神が目覚める気配すらなく、ため息をついていた。

「以前、さくらがなったというトランス状態、あれとも違うようですね。さくらの場合は、

霊力が暴走した感じと聞いていますが、大神くんの場合は、霊力も至って正常です…。」

「全く…。これじゃ手のうちようもねぇか…。おい、それでマリアとさくらの様子はどうだ?」

「はい、マリアの方は思ったよりも重傷で、全治3週間というところです。

やはり光武に乗るのは無理があります…。それで、さくらの方ですが…、

見かけ上は、吹っ切れた様に見えましたが、やはり責任を感じているみたいです。

自分のせいで、大神くんが負傷したと…。」

「そうか…。こんな時ぁ、大神のヤツが勇気づけてたんだが…。さて、どうしたものか…。」

米田は、珍しく弱気になっていた。敵の正体や目的もわからない上、花組がこのような状態。

もし今、敵が大掛かりに攻めて来たら、間違いなく敗北するだろう。

「それで、支配人…。今日は何時ごろにお出かけになります?」

「ああ、昼ぐれぇには向こうに着かねえと…。もう少ししたら出かけらぁ。ま、後ぁよろしく頼まぁ。」

「はい、花組の様子を見ておきますね。お気をつけて…。」

「ああ、任せた。まったく何言われる事やら…。アタマ痛ぇよ、ブツブツ…。」

気が重くなりながらも、米田は出かけていった…。独り言を言いながら…。

 

 

米田が出かけた後、かえでと花組のメンバーは、作戦指令室に集まった。

「なあかえでさん、敵の正体って何かわかったか?」

カンナは、大きい体を揺すりながら聞いてみた。

「ダメね。まだ見当もついていないわ。月組が調べてるところね。」

「それよりも、あの黒い機体、その方が気になるわね。」

いつもよりも沈痛な趣きのマリアが続けた。包帯を巻いてある左腕の怪我が痛々しい…。

「それも全然手がかりなし。あんな機体は製造どころか、計画書でも見たこと無かったわ。

ただ、解っている事は、霊力でも妖力でもないエネルギーが使われているらしいの。」

「未知のエネルギー?なんやねん、そりゃ?」

紅蘭の頭には?マークがいくつも浮かんでいた。

「霊力、妖力の反応が感じられなかったの。もちろん蒸気だけではないわ。

何か別のエネルギーを併用しているみたいなの。どちらにしても、あのスピード、パワー…、

只者ではない事は確かね。」

かえでは腕を組んで思案していた。しかし正体は何なのか、解答が出るわけではなかった。

「そんな事いいから、お兄ちゃんは、いつ目が覚めるの?

アイリス、お兄ちゃんとお話し出来なくて、寂しいよぉ。」

アイリスは、募る思いを吐き出していた。こんな所がアイリスらしい。

「大丈夫デース、中尉さんはすぐに起きてくるデース。そうですよね、さくらさん?」

「・・・・・」

「ね?さくらさん?」

「・・・・・・・」

「さくらさん、返事をするデース!」

織姫は、とうとう声を張り上げてしまった。

「はっ?ご、ごめんなさい、織姫さん…。」

「さくらさん、いい加減にシャキっとしなさいな。鬱陶しいったらありゃしない。」

「…すみません、すみれさん。」

さくらには、いつもの元気が微塵にも感じられなかった。

「さくら、隊長の事は、貴方のせいじゃないのよ。そんなに気にしすぎてはダメ。わかる?」

「マリアさん、それはわかっています。わかってるつもりなんですけど、

もし、大神さんがこのままだったら、わたし…。」

さくらは、今にも泣きそうな顔をしていた…。

「隊長は今、意識が戻らないだけ。大丈夫、きっと意識は戻る筈…。」

事務的な言葉使いだったが、レニは、さくらを励まそうとしていた。

「…ありがとう、レニ。」

さくらには、今はそう言うだけで精一杯だった。

 

 

「問題は、これからの事ね…。」

再びかえでが口を開いた。

「大神くんが、あの状態だし、いつ意識が戻るかわからない…。

マリアは左腕の負傷で光武には暫く搭乗出来ない…。おまけに、さくらがこんな状態では…。

はっきり言って、今、敵が攻めてきたら、かなり危険よ…。」

周りがシーンとなった。確かにこれが事実なのだ。それ以上でもそれ以下でもなかった。

「じゃあ、どうすればいいの?どうやったら勝てるの?」

アイリスは、少し興奮気味だった。かえでには、アイリスの気持ちが痛いほどわかった。

「まず必要なのは、花組を引っ張る者。つまり隊長役…。気持ちが一つにならないと勝てない。

それは、今までの経験からわかってる筈…。」

「そうね、レニの言うとおりだわ。大神隊長と私が復帰するまでの間、

隊長代理を決めた方がいいでしょう。」

マリアがレニの意見を聞き、話を続けた。

「でね、その事なんだけど…、実は夕べ、支配人と話をしたの。それでね…。」

かえでは、一呼吸入れて、こう呟いた。

「さくら、貴方に隊長代理をやって欲しいの。どう?」

「わ、わたしですか…?」

さくらは、予想してなかった事で、戸惑っていた。

「確かにね、今のさくらの状態では、花組のみんなを引っ張っていくことは出来ないわ。

でもね、さくらなら絶対やれると思うの。私はそう確信しているわ。」

かえでは、真剣な目をして、さくらに語りかけた。

「ちょっと、かえでさん。花組には神崎すみれというトォォォォップスターがいる事をお忘れかしら?」

すみれは如何にも自分こそが隊長代理に相応しいと言わんばかりの口調で、

かえでに突っかかっていった。

「すみれは、周りを見ずに我を押し通す傾向があるわ。同じ事は、織姫にも言える。

カンナは何事にも大雑把すぎるし、紅蘭は揺さぶりをかけられると前が見えなくなる。

アイリスはまだ経験が足りないし、レニは知識はあるけど、臨機応変には欠ける。

本来なら、マリアが一番相応しいけど、次となると、やはりさくらね。

さくらなら、みんなを引っ張ってくれるでしょうし、他のみんなも、さくらなら納得するでしょ?」

かえでは、冷静に分析した結果を述べた。

「まあ、さくらはんなら大丈夫やな。ウチは、しっかりついていくでぇ。」

「でも、私なんかじゃあ…。」

さくらは、不安が顔にしっかりと出ていた。

「補佐役にレニをつけるわ。これならいいでしょ?」

「大丈夫。最初は不安かもしれないけど、さくらなら出来る…。」

レニも、さくらを勇気づけようとしていた。

「さくらなら出来るよぉ。アイリスも一生懸命がんばるから。」

「さくら、私が復帰するまで頼むわよ。出来る限り力になるから。」

「そうだ、そうだ。アタイらが力をあわせりゃ、降魔なんて屁のカッパだい!」

「そうデス。降魔なんて私がいれば、お茶の子ザーサイで〜す!」

「…お茶の子さいさい。」

レニの絶妙なツッコミで、ようやく沈んでいた場に笑い声が響いた。

「みんな…ありがとう。わたし、やってみます!」

今度こそ、さくらの気持ちが吹っ切れたようだった。

 

 

「お〜い、今けぇったぞ〜。」

昼間出かけていた米田が帰ってきた。もう、とっくの昔に日が暮れていたそんな時間帯だった。

「お疲れ様でした…。で、どうでした?」

かえでは、非常にそわそわしていた。

「あぁ、あんまりいい話はねぇよ。解りきってるがな。」

米田の表情は、やはり曇りがちだった、というよりは明らかに機嫌が悪かった。

「上の連中は、言いたい事言ってやがって。カネ出すだけじゃなくて、

たまには敵と戦ってみろってんだ、ベラボウめ…。」

「支配人、落ち着いてください…。」

かえでは、あたふたしていた。

「黙っていられるかってんだ。大神のヤツが役立たずだから、

そんなのはクビにして新しいのを探すだと?

ふざけるんじゃねぇってぇんだよ。大神のおかげで何度帝都が救われたと思ってんだよ。

いい加減、愛想がついてくらぁ。」

「・・・・」

かえでは、下手に口を挿むと、とばっちりが来ると思い、あえて黙っていた。

「とりあえず、臨時で隊員を補充するだと?そう簡単に代わりが見つかるのかっつうの。

チームワークの事、考えてるのかってんだよ。」

米田の愚痴は続いていた。

「隊員補充って?誰かここに来るのですか?」

予期せぬ言葉に、かえでは吃驚していた。

「ああ、数日中に来るらしい。まだ本決まりじゃないみてぇだから、調整がついて決まり次第、

こっちに連絡があるって事だ。」

「ずいぶん、手回しがいいんですね。」

「非常事態で上も焦ってるんだろ?ついでに、かすみ、由里、椿も一時的にここに復帰だ。

俺も、暫くは総司令を続けろだと。のんびりと日向ぼっこも出来やしねぇ…。」

「まあ、かすみ達も…。ということは、この事件、かなり根が深いですか…。」

「まだ詳細はわかんねぇけど、何かとんでもない陰謀がある気がする…。

気ぃ抜かねぇように、あいつらにも言っとけ。」

「わかりました。ところで、例の黒い機体の事は…?」

かえでは、気になっていた事を米田に聞いてみた。

「俺が思うに…。」

米田は腕を組んで話し始めた。

「話をうまくはぐらかされたトコから、極秘の部隊があるんじゃねぇかって睨んでいる。」

「極秘の部隊?」

「ああ、軍か賢人機関の直属のな。もちろん確証はねぇ。」

「ありえない話じゃ、ないですね。」

「味方になるかもしれねぇし、敵になる事だってありえる。どっちにしても、油断は禁物だ。」

「心しておきます…。」

「さ〜て、今日は疲れたから、風呂入って一眠りすっか!」

米田は、ようやくリラックスした顔になって部屋へと戻っていった…。

 

 

「加山…、いるか…?」

「はっ、ここに…。」

音もなく、加山が支配人室に姿を見せた。

「例の黒い機体の件だが…、軍と賢人機関を調査してくれ…。」

「賢人機関もですか?」

「ああ、若しかしたら、上層部で何か隠してるかもしんねぇ…。」

「御意…。調査してみます…。」

「頼んだぞ、加山…。」

 

 

「何ぃ?追加で隊員が来るだぁ?」

翌日かえでがした話に、カンナは大声をあげた。

「まったく、何てバカでかい声ですの?鼓膜が破れてしまいますわ!」

近くにいたすみれが、文句を言っていた。

「ナンだと?コラァ!」

「やめなさい!二人とも。」

たまらずマリアが、二人の間に入った。

「まさか、隊長の代わりってこたぁ、無いよなぁ?」

「ええ?お兄ちゃん、クビになるのぉ?」

カンナの発言に、アイリスは、表情を曇らせた。

「そんな事は無いわ。一時的な参加よ。でも、もし万が一、大神くんがあのままだったら…。」

「アタイは、そんなのイヤだね。アタイにとっての隊長は、大神隊長だけだ!」

珍しくカンナが興奮していた。

「ちょっと、カンナさん、もう少し落ち着いたらどう?」

「うるせぇ!すみれは、これで納得いくってのか?アタイらは機械の部品じゃねぇんだ!

使えなくなったら、すぐ処分なんてまっぴらだ!」

「ちょっと、カンナ…。」

「ああ、イライラする!これを決めた奴等をブン殴ってくる!」

言うが早いか、カンナは帝劇を飛び出していった。

「いいのですか?副司令…。」

マリアは、如何にも心配そうな顔をしていた。

「いいのよ、それで気が済むなら好きにさせましょう。」

「でもぉ、カンナが暴れたら、誰が止めるの?」

アイリスも一緒に心配そうな顔をしていた。

「大丈夫よ。いくらなんでも、カンナはそこまで馬鹿じゃないわよ。」

「あら、そうかしら?カンナさんは、猪突猛進の単細胞ですから…。」

「すみれ!」

これにはマリアも怒って、すみれを睨み付けた。

「ところで…、カンナは、どこに殴りこみをかけるのかしら?」

「さあ…?」

残った4人は、顔を見合した…。

 

 

「ここに行きゃあ、何とかなるかもな。」

カンナが向かったのは、花小路伯爵邸だった。

花小路は、華撃団の設立に貢献しており、また貴族院議員であり財界の実力者である。

米田とは竹馬の友で、華撃団と政府のパイプ役でもある。

とりあえず、カンナが思いついた所は、ここだけだった。

「花小路伯爵なら、わかってくれるよな?」

カンナは、のっしのっしと伯爵邸に向かっていった。

伯爵邸に入ろうと近づいた時、一人の軍人らしき人が中から出てきた。軍服は陸軍のものの様だ。

「おや?花小路伯爵に御用ですかな?」

その男は、カンナほどではないが、背丈も大きく、ガッシリした体格だった。

おそらく軍服の下には、鍛え上げられた肉体があるのだろう。

しかし言葉使いと雰囲気は、不釣合いなほど落ち着いた感じだった。

「ちょっと伯爵に言いたい事があってな。そこを退いてくれ!」

「そのような乱暴な者を伯爵に会わせる訳にはいきませんね。お引取り下さい…。」

その男は、丁寧な言葉使いでカンナに立ち塞がった。

「アンタ、伯爵の何なんだよ!いいから退いてくれ!」

カンナは、かなり頭に血が昇っている状態だった。

「それは出来ません…。お引取り下さい…。」

「それなら力ずくで通らせてもらうぜ!いいのか?」

カンナは、その男に凄んでみせた。普通の人なら萎縮してしまう程の迫力があった。

「どうぞ…。お構いなく…。」

男は怖がるどころか、全く平然とした態度を保っていた。そしてカンナの前に立ちはだかった。

「じゃあ、遠慮なくいかせてもらうぜ!女だと思って舐めるなよ!怪我したって知らないからな!」

カンナは手加減なしで、その軍人に殴りかかった。普通の男なら一発で吹っ飛ぶ、

正に凶器の様な拳だった。ところが…軍人は、最小限の動きでカンナの攻撃を避けた。

まるでカンナの攻撃を見切っているかのようだった。

「何?よけただぁ?」

予想外の事でカンナは、あっけに取られた。

「ふん、まぐれだろ?今度こそ!」

カンナは、もう一度殴りにかかった。しかしそれも避けられてしまった。

同時に蹴りも出したが、それさえもかわされてしまった…。

(この男、達人だ…)

攻撃をすべてかわされて、カンナは戦慄を感じていた。

そして不思議な事に、まるで殺気を感じさせなかった。

普通、戦う時には大小に関わらず殺気を感じるものだが、その男には一切、殺気が出ていなかった。

「もう、おいたはやめましょう、お嬢さん…。」

あいかわらず、男は涼しい顔をして呟いた。

「ここを通してもらうまで、やめるかよ!」

「仕方ないですね…。」

男は、どうやらカンナの相手をするようだった。しかし構えなどは見せない。

「うりゃぁぁ!!」

カンナは再び攻撃を始めた。拳がうなりをあげ、蹴りが空気を切り裂いた。

しかし、相手に攻撃は当たらない。相変わらず殺気は感じられない。

そして、カンナが再び攻撃しようとした時、男は目にも留まらぬ速さで移動し、拳を繰り出した。

寸止めされたが確実に人体の急所を捉えていた。もし彼が本気だったら、

カンナは地面に横たわっていただろう…。

カンナは、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。ここまで完全にやられたのは、暫く記憶に無かった。

 

 

「ん?誰か来てるのか?」

屋敷から出てきたのは、花小路伯爵だった。

「君は、カンナ君じゃないのか?どうしてこんな所に…。」

「伯爵に会わせろと言っていたのですが、お知り合いですか?」

「ああ、例の華撃団の者だ。不審者じゃないから、心配しないでくれ…。」

「は、花小路伯爵…。」

カンナは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にしてしまった。どうやら、だいぶ冷静になったようである。

「相変わらず元気なのはいいけど、今日は一体、どうしたのだね?」

「伯爵…、大神隊長を、見捨てないでくれ…。」

カンナは、切実な顔をして、伯爵に訴えた。

「はあ?」

花小路伯爵は、ポカンとして固まってしまった。カンナが喋った事が全く理解できなかった。

「カンナ君、いつ我々が大神君を見捨てたのだね?」

「だって、隊長がこのままだったら、今度来る助っ人が、そのまま隊長になるって聞いて…。」

「ハハハ・・心配せんでいいよ、カンナ君。」

伯爵は、笑みを浮かべて話し出した。

「我々は大神君には期待してるのだよ。見捨てるなんてとんでもない。

大丈夫、きっとすぐに復活するさ。それに今度来る助っ人も、素晴らしい人材だ。

花組の連中もあっと驚くはずだよ…。私は、できるだけ花組の力になれるように努力するつもりだ…。」

「ありがとうございます。それに、すみません…、何か一人大騒ぎして迷惑かけたみたいで…。」

カンナは、しょぼんとして頭を下げた。

「ハッハッハ、構わんよ。元気があってよろしい。」

伯爵は、何も気にしてないようだった。

「ところで、この人は?アタイを子ども扱いにするなんて…。」

「ああ、陸軍の冷泉中佐だ。彼は陸軍きっての武術家で、しかも帝國大学を首席で卒業している。

正に文武両道とは、この事だな。」

「帝國華撃団の桐島カンナです。先ほどは、いきなり殴りかかってきて、すみませんでした…。」

「冷泉です。いや気にしなくても結構ですよ。それにしても、なかなかの腕前ですね。

今度、組み手でもしましょう。」

「ホントか?是非やらせてくれ!」

「こら、カンナ君…。」

伯爵は、頭をかいて、呆れた顔をしていた…。

 

 

「ただいま〜。」

大帝国劇場に戻る頃には、すっかりいつものカンナに戻っていた。

「カンナ、一体どこに行ってたの?」

実は、一番心配していたのはマリアかもしれなかった。

カンナが帰ってくるまで、落ち着いてられなかった様だった。

「な〜に、花小路伯爵のトコまで、な。」

「呆れた。迷惑はかけなかったでしょうね?」

「ああ、一寸、頭に血が昇ってたけど、もう大丈夫だ。…心配かけてすまなかったな。」

「よかった。カンナが見境無く暴れてたら、ただじゃすまなかったからね。」

ようやくマリアに安堵感が見えた。

「でも、冷泉って人に武術の心得がなかったら、大変だったかもな。」

「冷泉って、誰の事?聞いた事のない名前だけど…。」

初めて聞く名前に、マリアは首を捻った。

「アタイも初めてそこで会ったけど凄いな、ありゃ。アタイの空手が全然通じなかったもんな。

本気になったらどのくらい強いんだろ?今のアタイじゃ、まるで勝てなさそうだけど、

いつか本気で手合わせしたいな。」

カンナは先ほどの出来事を振り返ってみた。

「ちょっとカンナ、一体何をしたの?」

「なぁに、道をあけないから殴りかかったけど、見事にあしらわれちまった。

あれだけ底知れない強さを感じた人は、なかなかいないぞ。いやぁ、まいった、まいった。」

豪快な性格のカンナらしく、さほどショックは受けてないようだった。

「呆れた…。」

マリアは、何も言えなかった。

「もう、しょうがないわね。今日はゆっくり寝なさい。」

「あいよ、じゃあな、マリア。…今日は、悪かったな。」

「おやすみ、カンナ…。」

もう、かなり遅い時間になっていたので、マリアは、今日はもう寝るつもりでいた。

 

 

「全く、支配人は人使いが荒い事で…。」

ブツブツ言いながら、加山は調査を続けていた。陸軍、海軍の軍関係を調べたが、

これといった成果が見られなかった。黒い機体については全く手がかりが掴めなかった。

軍で不穏な動きを見せている者も、今の所はいない様だった。

しかし、あれだけの性能の機体だから、何かしら手がかりがあるはずだと、調査を続行していた。

「やはり、賢人機関の関係か?」

加山は、賢人機関に的を絞ってみる事にした。たしかに賢人機関には、謎が多すぎる。

ごく一部の人にしか存在は知られていないし、とはいえ、世界中に影響を与えるだけの力を持っている。

いくら月組とはいえ、すべてを把握しているわけではなかった。

軍でなければ、恐らくここに手がかりがあるはずであった。

「しかし、何処から手を付けるべきか…。」

加山は、どう行動しようか思案していた。その時…、

「・・・!?」

いきなり、背後から口を塞がれ、喉元に何か刃物の様なものを突きつけられた。

物音はもちろん、気配すらまるで感じさせなかった。加山は脂汗を掻いていた。

「イマスグタチサレ…。ツギハナイ…。」

加山の頭の中に直接、言葉が響いていた。そして口を塞ぐ手にも、体温さえも感じなかった。

「ケイコクヲキキイレナケレバ、スベテマッサツスル…。」

数秒後、正体不明の敵は完全に姿を消していた…。加山はショックで、暫くその場を動けなかった。

加山ほどの男が何も出来なかった。その敵の力は、計り知れなかった。

「すまん、俺の力ではどうしようも出来ないようだ…。」

加山は、力なく呟いた…。