第4章 見えてきた陰謀

 

 

「加山…、首尾のほうはどうだ?」

支配人室にて米田が呟いた。

「はっ…。」

音もなく加山が米田の背後に現われた。

「陸軍、海軍ともに、おかしい動きは見られませんでした。太正維新軍の鎮圧以降、

上層部もかなり神経質になって目を光らせていますから…。不審な動きをしている人物は、

今のところは確認されていません。」

「そうか…。」

自分が思っていた通りだったのか、加山の報告に米田は只、頷くだけだった。

「それで、肝心の賢人機関の方はどうだ?」

米田としては、やはりそちらの方が気になるようだった。

「それが…。」

加山は言葉を詰まらせた…。

「恥ずかしながら、調査前に謎の男に殺されかけました。残念ながらわたし程度の実力では、

全く歯が立ちませんでした。もしあの男が帝劇に侵入したら、間違いなく全員殺されるでしょう。

あんなに恐怖を感じたのは久しぶりです。」

加山は、あの恐怖の体験を思い出し顔が青くなっていた。

「やはり…、何かあるか…。」

米田も腕を組み、何やら思考していた。

「ええ、おそらく裏で何か活動をしていると思いまして。ためしに、

あれからここ暫くの間で軍内で死亡した人物を調べたのですが…。」

加山は作成した報告書を取り出した。

「病死と事故死が多いのですが、休暇中に行方不明となった者と、1名殺害された者がいました。

もっとも殺害されたこの人物は、かなり恨みをかっていたようで容疑者が特定できず未解決のままです。

あとは自殺というところですか。」

「別に不自然な点はなさそうだな。」

「確かに、このデータだけだと特に不自然な点はございません。しかし…。」

加山の顔つきが険しくなった。

「裏の調査の結果、不慮の事故死や病死した人物の中で多かれ少なかれ軍に対して不満を持っていたり、

反抗心の強かった者の割合が異常に多いのがわかりました。」

「何だと?」

米田の顔つきも険しくなった。いつもの酔っ払った冴えない表情は微塵にも感じられない。

「って言う事は…、事故や病死に見せかけた殺しとでもいうのか?」

「可能性は非常に高いです。もちろん証拠は一切残してないでしょうけど。

反抗心の強い者が次々と死亡するなんて、偶然にしては出来すぎです。もちろん確証はありませんし、

それ以外のまた別の集団が存在する可能性もあります。まだ調査を続行中です。」

「もしそれが事実としたら…、とんでもねぇプロの集団だな。確かに闇討ちでもされた日にゃぁ、

皆殺し確実だな。恐ろしいこった…。」

「まだ詳細は、まるでわかりませんが賢人機関か、それ以外のどこかに

危険な人物の集まりが存在するという事は、心に留めておいた方がいいでしょう。」

「ああ、わかっている。あの娘たちには、まだ何も言うなよ…。」

「御意…。」

加山は、別の報告書を取り出した。

「それと今回の降魔に関してですが…、死体を回収し解剖した結果、一部の降魔は、

降魔兵器の一種ということが判明しました。」

「降魔兵器だとぉ?」

米田は思わず声を張り上げてしまった。

降魔兵器とは、陸軍が降魔戦争時に極秘に回収した降魔の死体を基にして開発した生物兵器である。

降魔の組織を培養、増殖させ魔力によって活動する、凶悪な兵器である。

かつて京極慶吾がこれを用いて花組を苦しめた事もある。

「しかし降魔兵器ってのは、体に強化装置をつけてただろ?もしかしたら改良型か?」

「はい、どうやらその可能性が高いです。小型で特殊な装置が取り付けられているのを確認しました。

現在、詳細を分析中です…。」

「成る程なぁ…。連帯攻撃をするってのも何となく納得したか。しかし何か目的があると思うんだが。」

「いくつかの降魔の死体を調べたのですが、どうも降魔の種類が複数あるようです。

どういうものか解りかねますが、何らかの実験をしているような気がします。」

「一理あるな…。もう少し調査を進めてくれ。」

「はっ。」

加山は、支配人室から立ち去ろうとしていた…。

「あ、ちょっと待てや、加山…。」

米田は、去ろうとしていた加山を呼び止めた。

「『総合科学研究所』ってのは知ってるか?」

「はい、存じておりますが…。」

「そこも調べてくれや。ちょいと腑に落ちないところがあってな。」

「御意…。」

今度こそ、加山は支配人室を後にした…。

「降魔兵器かぁ…。また厄介なものを…。」

米田は、苦虫を噛み砕いたような表情をしていた…。

 

 

「今回の戦闘、全然なってませんでしたね。」

花組のメンバーその他が集合した作戦司令室にラチェットの声が響いた。

今は先ほどの戦闘についての反省会が行なわれている。

ラチェットは言いたい事をズバズバ言っているようだった。

「私が応援に入らなかったら敗北していたかもよ。もう少ししっかりした方がいいわね。」

「言いすぎよ、ラチェット。」

たまらずかえでがラチェットの発言を止めた。どうも場の雰囲気がギスギスした感じになりつつあった。

「すみません、私がいたらないばかりに…。」

さくらの表情は暗かった。隊長としての初陣は、とても納得のいくものではなかった。

いくら訓練不足とはいえ、弁解の余地はなかった。

「ラチェットはん、ちょいと言い過ぎでないの?」

言いたい事をいっているラチェットに、紅蘭も業を煮やした。

「戦いにリセットはないのよ。失敗したらすべてが終わりだという事をわかってるの?

だから私が厳しく言うの、わかるでしょ、ねぇ、レニ?」

ラチェットは、レニに話をふった。

「確かに…、戦場では一瞬の気の迷い、判断ミスが命取りになる…。でも…、」

レニは、少し歯切れが悪かった。

「チームワークの大切さも、ラチェットは学んだはず…。

あの時のラチェットの単独行動はいただけない…。」

「…あれは効率を重視しすぎたみたい。私が悪かったわ。」

意外にもラチェットは素直に自分の非を詫びた。そういう所は以前よりも素直になっているみたいだ。

「さくらさんも隊長役なんだから、もっと堂々としてなさい!足りないところは他の皆さんが補います。

自信を持ちなさいな。」

すみれもすみれなりの言い方でさくらを励ました。普段はトゲのある言い方ばかりだが、

やはり何だかんだで心配しているのである。

「お?珍しくいいこと言うなぁ。何か悪いものでも食べたのか?」

よせばいいのに、カンナが余計な茶々を入れる。

「カンナさん、その言い方は何ですの?

これじゃ、いつもはバカな事しか言わないみたいじゃないですの!」

「あれ?違ったっけ?」

「ちょっと!聞き捨てなりませんわ!」

「ねぇ、ケンカしないでよぅ…。」

アイリスも困った顔をしてうろたえていた。

「二人ともいい加減にしなさい!反省会中よ!」

ケンカになりそうな二人をマリアがたまらず仲裁した。

「私もマリアさんみたいになれたらなぁ…。」

そんなマリアの姿を見て、さくらは一つ溜息をついた。

「別に私と同じにならなくてもいいのよ、さくら。さくらにはさくらのいいところがあるから、

それを生かせばいいんじゃないかしら。ね、頑張りなさい。」

マリアは、さくらを優しく励ました。

「…ありがとうございます、マリアさん。」

さくらは下を向き、頷いた。

 

 

「今後の課題として…、」

かえでが皆の方を向き、発言をする…。

「連携攻撃を仕掛けてくる降魔に対し、どのような対策を採るべきかね。」

「たしかに前回の戦闘では意表をつかれました。幸いな事にまだコンビネーションが完璧でなかった為、

何とかパターンを読んで対処出来ましたが、次に襲ってくる時はかなり手こずるかもしれません…。」

マリアは顔を曇らせながら返答をする…。

「やっぱり、まとまって攻撃を集中するしかないかなぁ?」

カンナは普段あまり使わない頭をフル回転させて、彼女なりの考えを述べた。

「でもそれじゃ効率的じゃないし。敵は少数で襲ってくるばかりとは限らないでしょ?」

ラチェットがさらに反論をする。

「また効率かいな…。でもあながち間違ってへんからなぁ。」

紅蘭にもこれといった対策は思いつかなかった。

「ごめんね、アイリスには難しい事、よくわかんない…。」

アイリスにとっては、この手の話はお手上げだった。

「今度、降魔が襲ってきたら、私がケチョンケチョンにしてやります!」

「織姫一人が暴走したら、他のみんなが危ない…。」

織姫の自慢げな発言も、レニの容赦のないツッコミには太刀打ちできなかった。

「おそらく…、敵はこちらの動きを研究しているのではないのかしら。何か裏があるのではなくて?」

すみれも今日は真面目に考えているようだった。いくらラチェットが援軍に来てくれたとしても、

まだ花組は100%の力を発揮出来る状態ではなかった。すみれもこの事はよく理解していた。

「やっぱり、私がしっかりしてないといけませんね。」

さくらは、少し思いつめた表情になっていた。

「思いつめてはダメよ、さくら。理想としては隊長役の人が、

他の隊員の力を存分に引き出せればいいのだけれど、いきなりは無理だから。

とにかく、みんなを信用して行動して。」

さくらはプレッシャーをひしひしと感じていた。しかし、もちろん逃げるわけにはいかなかった。

自分の、そして花組の行動が帝都の運命を左右するのだ。

たしかに今までもそういうプレッシャ−を感じていたが、今回は特に強く感じていた。

いざという時に頼りにする人がいない。

これがここまで自分の気持ちを不安にさせるとは、思ってもみなかった。

結局この後も、有効な対策も見出せぬまま解散となった。

 

 

「米田司令のカン、もしかしたらドンピシャリかもな。」

加山は調査をしてみて、ほんの少しだが、糸口が見えてきたように感じていた。

 

 

総合科学研究所とは、表向きは民間の一研究施設であるが実際には陸軍の軍事研究をサポートしていた。

新しい軍事兵器を開発、改良を影の部分で行なっていたのである。

もちろんこの事は一般の人には知らされていない。

実は降魔兵器の開発も、ここでかなりの部分が研究されていたのである。

米田はこの事実を知っていたので、加山から降魔兵器の名を聞いた時、調査の依頼をしたのだった。

月組が調査した結果、ある興味深い事実が浮かんできた。

最近、ある有能な研究員がこの研究所を辞めていた。

その原因とは上司との意見の衝突、食い違いからであった。

その研究員は、かなり優秀であったが自意識過剰なところがあった。さらに我侭な部分があり、

人の話を聞こうとしない部分があった。以前からたびたび上司と衝突していた。

そしてとうとう研究所を飛び出してしまったのだった。それ以後の消息は掴めていない。

その研究員の研究分野とは…、遺伝子レベルからの生物の改造、そして生物兵器への応用であった。

 

 

「確かに、怪しい匂いがプンプンするよなぁ。」

加山は、きっと何かあると睨んでいた。しかしそれだけでは片付かない問題もあった。

ここ暫くの間、何度か降魔及び降魔兵器が襲ってきたが、かなりの数である。

とても個人だけでは対応しきれないであろう。しかも軍関係では怪しい動きがないのである。

きっとどこかに黒幕がいる、加山はそう思っていた。

しかし残念ながら、今の段階ではまるで検討がつかなかった。

「早くしないと手遅れになってしまう気がする。急がないと…。どうもイヤな予感がする…。」

加山の表情からにやけた部分が消えた。本気にならないと寝首をかかれる。本能がそう教えていた…。

 

 

都内某所。

港から少し離れたところに廃屋があった。人ひとりいない寂しい処である。

そんな中に、妖しげな人影が一つ、また一つ…。

一人は眼鏡をかけた中背痩せ型の中年の男だった。目つきだけは異様に鋭い。

一人は、やや背は高かった。スーツをビシっと着こなしている男だった。

「研究の成果はどうだ?」

背の高い男の方が口を開いた。

「順調です。もう一度テストを兼ねた実験を行い、結果が良好なら計画を進めます。」

痩せ型の男がそれに答えた。

「成功を期待する。計画が早めに遂行できるよう、最大限、努力しよう。

不足するものがあったら遠慮なく言ってくれ。また連絡する。」

「ありがたき御言葉…。」

スーツの男は、足早にその場から離れた。すぐに姿が見えなくなってしまった。

そして、痩せ型の男がその場に残された。

「恨みを晴らす時は、近い…。」

痩せ型の男は、空を見上げ呟いた。