Web小説 Restructure                     原作 周防 元水     
第3話

 忙しそうに動き回る三郎たちの隣では静かな経理部は異様に見える。一途に仕事をしているが、三郎にはそれが創造的で喜びに満ちた仕事とは到底思えなかった。背後の上司に怯え、そして閉じ込められ凍ったように仕事をしている。そんな中で背中を少し曲げ、与えられた仕事を丁寧にこなす紀子の姿は、少々気の短い三郎には際立って眩しく見えた。

 退職者が一通り出終わって急に寂しくなった工場内の片隅には新品の機械が少しずつ溜まっていた。代わってオーバーホールや改造の仕事が入ってくる。利益幅の薄い仕事で会社のイメージダウンになると嘆く者もいたが、代理店を通さずに出来る仕事として、三郎たち営業部がやっとの思いで見付けてきた仕事である。仕事が有るだけで有り難いと製造部の人たちは蟻がたかるようにその仕事に群がった。暫くしてこれとて無くなると、やむなく、売れる当てのない汎用機を作り続け、在庫は更に溜まっていった。現場の士気は見る間に落ちていき、会社を見限って転職する動きが再び起こってきた。これまで引き止められ次の世代を担うと思われていた有能な社員でも職を辞して欠けていく。高い技術力を自負していたハイカラな企業は、こうしてどこにでもある一企業に成り下がっていった。
 景気はいっこうに回復しない。人件費の更なる圧縮が必要と見るや使用者側は肩叩きを始めた。昼休みに上司が部下の肩を叩き「調子はどうだ。」と、やる。会社の存亡が問われているさなか普段話もしなかった管理職がいきなり肩を叩くのである。叩かれた者は一瞬にして自分の置かれた立場を悟り、そして生活設計が音を立てて崩れていくのを感じ取る。狙った部下を退職へと追い込んでいく手なのだが、勿論これは労使協定違反であり労働基準法違反の不当労働行為である。労組は直ぐに抗議し肩叩きを中止させたが、しかし、使用者側の二の矢、三の矢に対しては、それ以上の争議行為に走ることは遂にしなかった。

 大企業の労組の執行委員長は常任でしかも専任である。上部組織の金属労組の傘下にあって常に連絡を取り合っている。ところが三郎の属している労組は親会社にある労組の分会という立場から常執は置かれず分会長がいるだけである。分会長は当然専任役員とはなっていない。その為、金属労組は勿論、組合幹部との連携さえ思うに任せない状況にあった。繰り出される使用者側の不況対策に対して、分会は対応策の持ち合わせがなかったのである。紀子が会社を辞めていったのはこの頃である。

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