Web小説 Restructure                     原作 周防 元水     
第2話

「モーターが品薄なんだ。欲しい所が出たのでそちらへ回させてもらう。」
 嘘も方便とばかり、誰が聞いても分かる嘘を付いて、業者がモーターを引き取りに現れた。倒産が続く中、納入業者は興信所の情報を元にリスクの高い企業から商品を引き揚げ始めたのだ。三郎たちが売る機械にはモーターが必ず組み込まれている。その大事なモーターを引き揚げると言うのだから工場長は驚いた。引き揚げられたら機械は組み上がらない。会社の信用は失われ恐らく倒産するだろう。モーターがなければおしまいだ。製造部長を兼ねる工場長は屋内の一角を占める倉庫の入り口で捨て身の交渉を始めている。
「自腹を切っても必ず代金は払う。」
 やっと数十台のモーターを取り戻すことができた。

 事態は驚くほどの速さで進んでいく。社長はその日以降ほとんど姿を見せなくなった。金策に走り回っている事は明らかだが、経理部の紀子は三郎にそれ以上の事をそっと教えてくれた。工場内に納入業者が時折来ては様子を見て回る。鋳造業者が仕事を引き受けてくれなくなった。鋳物は機械のあらゆる所に用いられ加工され熱処理されては再び加工され、部品の体を成していく。多くの段取りを必要とする部品の素材が納入されなくなるのだから大変な事態だ。木型と呼ばれる鋳造用の型が鋳物業者から返されてくる。『もうウチではオタクの仕事は扱いません。』という訳だ。最初の工程が崩れて作業が全く進まなくなるのだからこれには困った。鋳物業者など新たな取引業者の開拓が営業部の緊急の仕事となった。

 食堂を兼ねた商談室はこれまで納入業者の姿が絶えなかったものだが、モーターや鋳物の騒ぎがあってからは昼時を除いてめっきりと人気が引いてしまった。そればかりか工場全体の活気が急速に薄れていった。残業は禁止され、関連会社への出向が行われるようになった。資本金の出資比率の変更が行われ、親会社から送り込まれていた常務・専務は任を解かれた。余剰の一般社員には配置転換を名目にした陰湿な嫌がらせが行われた。退職を促すためのこの方策は密かに進行していたようで、幾人かの仲間がいつの間にか畑違いの職場に追いやられていた。やがて自主退社をしていく者も出てくると、労使の信頼関係はズタズタに切り裂かれていた。機が熟したとばかりに使用者側より希望退職の募集が提案された。各職場で対応策のための職場会議がやっと開かれる。ほとんどの社員はここに至ってもまだ事態を正確に把握出来ないでいる。これといった発言は出ないまま会議は終わっていった。いつも通りに談笑しながら帰っていく仲間を三郎は見送るしかなかった。使用者側の意図を知り過ぎていたのだ。

TOP Restructure 前ページ 次ページ 先頭