Web小説 Restructure                     原作 周防 元水     
第1話  

 紀子がいる経理部はいつも冷たい雰囲気が漂っている。
「返事はもう少し待ってくれんかね。」
 課長の声だけが響いている。紀子が先程受けた電話の相手は電動モーターの納入業者だ。会社が多額の不渡り手形をもらったことを既に知っていると見えて、もう長い間、課長と話をしている。三郎はこの様子をそれとなく注視していた。

 経理部は三郎のいる営業部と同じフロアーにある。オープンスペースとなっていて廊下との仕切がない。営業部の机の配置は机を寄せ集めた島の一角に上司が位置する日本方式、だが経理部は上司が部下の背後に位置するアメリカ方式である。アメリカ方式は組織を重視する日本には馴染まないと営業部では早い段階で日本方式に改めていた。経理部は何故か会社創立当初に導入した冷たい人事管理むき出しのアメリカ方式を押し通していた。全員が同じ方角を向いて座っている経理部内では管理職の苦渋の表情は部下に伝わりにくい。が、その代わり、部外の三郎たちにとって、全員の表情を一気に見られる誠に好都合な隊形となっている。三郎はまるで観劇のように、経理部の動きをそれとなく読み取るのを日課としていた。

 会社の主力製品は、中型の工作機械である。全国的にその名が通った中堅企業ではあるが、昨今の不況の長期化で受注減は甚だしい。かつては多種多様な専用工作機械を作っていたが、今では汎用機と呼ばれている数百万円程の中型工作機械が主力製品となっている。中型機とはいえかなりの重量感がある。年代物の大型機械が散在する中でその真新しく存在感のある機械が生まれていくのを目の当たりにするのは、凡々とした生活を送っている三郎にとって大変魅力的で刺激的だった。組み上がったその機械は三郎の中で意志を持ったマシンとなって動き始める。マシンに取り付き微調整を繰り返すエンジニアたち、三郎はそんな中の一人になりたくて組立現場へと足繁く通った。しかし希望は叶えられずに営業畑にもう随分と長くいる。夢は叶えられなかったが三郎には不満はなかった。圧倒的パワーを持った機械群は、微力な個人の現実を否応なしに認めさせるその源泉となっていた。

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