Web小説 Restructure                     原作 周防 元水     
第10話

 Restructureの終盤には、封じ込められていた人の泥臭さが価値を持ち始める。

 安定した社会が崩れ雇用制度が改められると会社への忠誠心も変わっていく。新しいシステムと対峙する古い価値観への回顧が始まる。そうして、技術や地位に代わって意志というものが時代のキーワードとして再登場する。古くさいイメージを持ったこの意志が新しい時代を背負いそして来る時代をも先取りしていく。

 人が人たる最たるものは自身を顧みることである。自分に満足し自分を認めことができればそれは生の活力となって明日へと立ち向かわせる。しかし、これまで人は忙しさ故に自身を顧みることは余りなかった。ものを生み出しては地位を築きそして財を蓄えることが生き甲斐だと思ってきた。ところが今、人はどの様な立場にいようとも自分の意志に忠実に生き抜きたいと願うようになってきている。それは不思議な事ではない。結果がどの様に出ようとも自分の意志に忠実に生きていけばこれ程爽やかで満足できる事はないのだから。

 リストラに応じこの機に自分の思いや夢を追い求める中堅クラスの退職者が出始めた。畑違いの職場に転出する者があれば自営業を始める者もいる。三郎の先輩4人も揃って会社を辞して設計事務所を立ち上げた。工作機械の設計を生業とするその会社はプレハブ小屋からスタートした。三郎が訪ねると水を得た魚のように仕事をしている。冗談が飛び交うが休むことなく仕事をしている。今では珍しくなった製図板とドラフターを用いての設計である。ワークを如何に掴まえるか知恵を絞っている。ワークとは加工対象物の事で取り扱い易い金属で出来ているのが一般的である。が、彼らは金属より遙かに難しい布を機械で掴まえ加工する事に挑戦をしていた。採算に合わない不合理さが彼らをして奮い立たせる。これを如何に扱うかは彼らの技量として試されている。最も重要なワークへの対応は閃きが重要であって、経験という職人の領域の中にそれはある。企業全体が組織化されている新しいシステムの中では、これは人間的過ぎてCADでは対応できない分野となっている。効率を追い求め正攻法しか選択肢の取れないメーカーは、ワークへの対応がネックとなってこうして外注に依存せざるを得なくなっている。設計は本来如何様にしてもやり遂げるという職人気質の世界なのであって、試作やポンチ絵、忍耐と執着という泥臭い不合理さが支配している。

 近代的システムの存在しない小企業の中にこそ物作り心をかき立てる何かが生き残っていた。封じ込められていた人の泥臭さが再び価値を持ち始めると、古くて新しい企業理念が登場してくる。人はこれを追い求め移動し始めたのである。

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