Web小説 森の中の企業                     原作 周防 元水     
第9話

 夢でも見ているように、私の前を風が吹いた。
 祥三がいたからそうしたのか、女性は急に減速すると軽く会釈をして振り向いたままで通り過ぎていった。彼女はまだ若く背丈はさほどなかった。
Segwayに乗っていたので私と目線の位置が一致し、やけに印象深く感じた。Segwayは、音らしい音を発していない。やけに静かなのである。いやな排気の臭もしない。如意棒を持った孫悟空がきん斗雲に乗っているようだった。自在に操れるようで、半身の姿勢のまま通過すると、意志が伝わっているかのようにSegwayがくるっと向きを180度変え、バックしていく。まるでアイスダンスを見ているようで、私の前を風が吹いた感がした。再び向きを変えるとそのまま加速し、今度は一直線に森の中へと吸い込まれるように遠離っていった。

 タイミングのよいSegwayの登場であった。しかし、祥三の話に合わせた演出では勿論なかった。後で分かったことだが、森の中ではありふれた光景であった。森のことは新しいことだらけ分からないことだらけであり、底が知れずその解説は難しい。が、未来社会がここでは実現されていることは感じた。祥三の話はそれを表すかのようにどんどんと先を急いでいる。既にSegwayから離れ、政治、経済そして企業の在り方へと移っていた。

「これからの社会は、個人が複雑に絡み合った高度な共同体になるだろう。アメーバのように個人は活発にうごめいていて、全体としてどこに司令塔があるのか判然としない。大変流動的な社会となっていく。条件に応じて、突如、予想もしなかったところが司令塔となって全体を引っ張っていくことになるだろう。こうした現象は日常茶飯事となるに違いない。確かに今の日本の現状を見ればこのことはよく分かる。外務省に足繁く通っても顧みられなかった拉致被害者の家族たちが、突如として日本国民の意志を代弁する形で注目を集めるようになった。官吏としてあるまじき外務官僚の素顔が彼らによって暴かれ、外交の方向性さえも修正を余儀なくされているのを目撃している。時代の要請を読めないリーダーは、容赦なく批判の矢面に立たされ、そしてその地位を追われる。人が忘れていた何か大きなものを動かしていこうとする、この時代が必要とする新たな司令塔の登場劇を見ているような気がする。」

 話の飛躍が特徴の祥三の話だが、いつになく筋を追って話をしているではないか。

「柔軟性のない組織は、誰からも顧みられなくなり存在意義を失って消滅する。組織の上にあぐらをかいている者が今後も企業の中で存在し続けられるほど、21世紀は安易な世界ではない。」

 祥三はかなり大なたを振るって警告してきた。

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