Web小説 森の中の企業                     原作 周防 元水     
第3話

「俺もやってみるか。」
 しばらく祥三の話を聞いてから、私は腰掛岩から立ち上がり爪楊枝をぷっと飛ばしていた。それはほんの数mだけ飛んでいって目の前に落ちた。まるで私の心を表しているかのようだった。

 祥三の相談事とは、話を聞いてもらうことだった。話し始めて直ぐに、祥三がこれまでの祥三とは違っていることに気付いた。森の雰囲気がそうさせたかと思ったが、話していく中で私とは心が通っていない祥三がそこに居ると分かった。昔から夢を語るのは得意な祥三だったが、これ程一方的な話をする男ではなかった。私を買い被っているのかそれとも周りが見えなくなっているだけなのか、話が余りに専門的で聞く人をして関心を呼ばない。今回だけは勘弁して欲しかった。久し振りの再会なんだから、懐かしい青春の思い出などで語り合いたかった。初めて聞く難しい話をどうしてそう一方的に私に語り続けられるのか。
 私は、懇親会とかでよくありがちな、あっちの島こっちの島と渡り歩いて調子よく相づちを打っている光景が好きではない。時間の無駄と言うか、生産的でないその雰囲気が無性に肌に合わず苦手である。無口になったり席を外してしまうのが常の無愛想な人間なのである。祥三の夢は今は横に置いておいて、二人の再会をまず喜び合いたかった。相談事とは縁のない祥三の話が続いて、この無愛想な人間は分かった分かったとばかりにぷっと爪楊枝を飛ばしたのである。

 私の頭の中は、長い時をかけて出来上がっただけに凝り固まっていて、雲の上のような突拍子もない話にはどうしてもついていけない。理解しがたい祥三の話は受け入れられないのである。社会の中でも革新的な意見はなかなか通りが悪い。例えそれが運良く理解してもらえたとしても、保守意識の強い日本では変化への動機とはなかなかなり得ないのである。企業内でも同じで革新的な意見は採用されにくい、そんな状況はもう長く続いている。分かっているにもかかわらずなかなか対応が取れないでいるのは、何かがそうさせているからである。改革を断行できない、身近な改善が思うように進まないというのも理由があるからに他ならない。
 社会と人は互いに牽制しあい、結果として均衡を保ち時の流れに乗っていく。極論は影を潜めて角張った意見は丸みを帯びていく。
 
 気が付けば、包容力のなさを棚に置き社会分析をしている自分がそこにいた。目の前に落ちた爪楊枝の哀れな姿を見詰めていると、『人の話ぐらい黙って聞いてあげたら。』と、もう一人の自分が諫めた。どうやら私の頭の中では、祥三と森を触媒にして無愛想な自分自身を改革しようと少しずつ動き始めているようだ。

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