Web小説 森の中の企業                     原作 周防 元水     
第2話

 軽快に歩いてきたつもりの私だが、平素の運動不足がたたって少々疲れが出始めた。歳かなと思いながらどの位歩いたのか時間を確かめると、もう二十分程森に入ってから経っていた。辺りを見渡し、腰掛けに丁度良い大きさの岩を見付けた。この辺りだろうと思って腰を下ろすと木陰の石がひんやりとして心地よい。
 しばらく待っていると、どこからか、
「おお〜い。」
と、声がした。祥三の声だ。
 祥三とは学生時代からの長い付き合いである。若い頃は酒が入るとよくけんかもしたが、この悪友とはどこか気が合って縁が切れずにここまできた。祥三とはよく旅行にも行った。気の向くままにぶらりと行く旅はとても楽しいものであった。二人とも結婚をして子供ができたが、それからは、お互いに声を掛けることも減った。以前のように直接会うこともほとんどなくなって、たまにメールでやりとりするだけになっていた。今回は本当に久し振りで、祥三の誘いに渡りに船とばかりに勇んでやってきたのである。

「おお〜い。」
 再び声がするが辺りを見回しても姿は見えない。少し移動して見通しのよいところに出てみるが、人影は見えない。はてなと思っていると祥三が後ろの方に突然現れた。ここは普通の森とは違うんだ、と警戒していたやさきだから、早くもお化けが出たかとたいそう驚いてしまった。何のことはない。彼は崖側の小道から上がってきただけのことだ。思わぬところからの出現でこちらも唖然としたが、祥三はそれが嬉しかったのかにこにこしながら近付いてきた。久し振りの再会である。
「どうだ、いい臭いだろう。」
と言って私に自作の爪楊枝を1本くれた。つるつるした青い小枝でどこか覚えのある懐かしい臭いがした。チュッツチュッツ、ギュギュギュギュと木々に響く山鳥の鳴き声が遠くに聞こえる。初めて聞く鳴き声のように思えたが、若い頃に味わった至福の時が流れていくようで気持ちがよい。ここまではるばると来たご褒美をもらったようで嬉しくなってしまった。

 一服し落ち着くと私はメールのことを聞いてみようと思った。久し振りに会いたいという割には、固い内容だったからだ。
「ああ、悪いな。わざわざ来てもらって。」
 申し訳なさそうに天を仰ぎ、それから遠くに視線を送ると、立ち上がってぷっと吹き矢のように爪楊枝を谷の方へ飛ばした。うまく風に乗って見えないところまで飛んでいった。少し長い話になるらしい。

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