Web小説 森の中の企業                     原作 周防 元水     
第1話
「山麓の駐車場から山の中に入ってくれ。二十分程するとベンチ代わりになる岩があるから、そこで待っていてくれないか。」
 祥三は意外な場所を指定した。

 見事な雑木林の中を縫うように山道が整備されている。覆い被さってくるような自然は、これまでお目にかかったことがない。地形は入り組んでいてそのため坂道が多い。真夏のまだ日の高い午後である。歩くのに難儀をするかと思えばそうではない。コース取りがいいのか、暑さも疲れも忘れて知らず知らずに歩みを進めてしまう。時折、幸せそうな人と行き会う。そのリラックスした雰囲気は、私のもっているものとは明らかに違うものである。
「ここに来てから、ものの考え方が変わりました。」
 挨拶を交わし道を尋ねると、この森について教えてくれる若者がいた。丁寧な話しぶりは親しみを感じさせた。この自然の中できっと癒されてきたのだろう。何度か通っては来ているらしい。聞いてみると、意外なことを教えてくれた。
 ここは単なる森林公園ではないという。聞けばここは民間企業の研究施設だそうだ。この広大な山全体が研究所だなんて、どうもよく分からない。都会人の私にはなおさら分からない。こんな不便なところで企業活動など出来るわけがない。たちの悪い噂だろうと思った。

「信じられないでしょう。でもね、よく見ると分かりますよ。」
 関係者らしい口調である。
「本当ですか。」
 そういえば、山道らしからぬ舗装道路が続いていた。目をこらして見れば木々の間に走るレール状のものも垣間見える。駐車場に止めてあった数台の車はやけに高級感を漂わせていたではないか。どうやら若者の言うように、企業がこの山全部を何らかの目的のために公園の形を借りて管理しているようだ。それにしても、祥三はこんなところと、どういう関係があるというんだ。ここで何かを研究しているとでもいうのか。

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