Web小説 森の中の企業                     原作 周防 元水     
第13話

 どうやら私を被験者にして研究をしたいようだ。政府に相談したと言っているが、こんな訳の分からない実験・研究は初耳だ。祥三は主任クラスの技師らしく、秘密裏の実験を熟知した上で言っていると見える。どんな事を今までどれだけやってきたんだ。Segwayに対する政府の無策振りはよく理解できたが、この話はちょっと次元が違う。なるほど、百歩譲って価値観の崩れていく時代がくるというのは分かった事にしよう。しかし、いったいこの話は何だ。人をモルモットにせざるを得ない研究なんぞは本末転倒ではないか。
 人は目的のために生きている。そして、人を突き動かす動因は人それぞれで理解出来にくいものでもある。理解できにくいものは個性として尊重すべきものである筈なのに、この祥三の研究はそれを乗り越えようとしている。容認できない。直感だが、外部から脳に働き掛けるという、薬ではない薬を創り上げ、来る時代を乗っ取ろうとしているのではないか。本人の意志に関わらず脳を刺激しようとは、これは侵してはならない神の領域に他ならない。神の領域を侵し自らが創造主となることは有史以来のタブーであった筈だ。道徳的価値観の普遍性さえ失われると言うのはこの事か。祥三に対する畏敬の念は陰を潜め、代わって湧き上がってきた疑念は私には抑え切れない怪物となっていく。

「待ってくれ。どうもよく分からない。悪いが俺の頭では理解できない。俺は昔から平凡な人間だからな。」
 ここを切り抜けるために無知を装った。そして、とにかく会えて良かったと、言い続けていた。祥三は人選を間違えた事にようやく気付いたようだ。遠離る私を何も言わずに見送っている。少し傾いた日の光と木々の影が森の美しさを際立たせている。懐かしい日々の思い出がここにある筈だった。しかし、期待とは違うおぞましい世界を垣間見て、私は来るんじゃなかったと足早に帰り道を急いだ。途中、何故か惹かれるものを感じた。昼間の暗闇、森の中に誘うように細長く延びている。その先には確か祥三の研究室がある筈だ。あれ程熱心に説いた研究の実態は何なのか。導かれるように小道に入った私は、一本橋のバリアに遮られ深い山の中を迂回していく。森の中の企業は複雑な地形の奥に散在し、身近に見えて近付き難い存在となっていた。ギュギュギュギュと山鳥の鳴き声が森に響く。三十分程歩いただろうか。私は奇妙な場に迷い込んでいた。灌木と高木の絶えることのない森の腑の中にいた。行き交う人は途絶え重たく淀んだ空気が辺りを支配している。無性に募る寂しさから辺り構わず声を上げた。蒸し暑く、度重なるめまいが加わると、私は小道に片手を付け、ひざまずきそして頭を垂れるとサナギのように固まっていく。

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