Web小説 森の中の企業                     原作 周防 元水     
第11話

『末法の世』の再現を予感する出来事は、探すに事困らない。間違いなく、時のモンスターは姿を現すことだろう。祥三は私の心を見透かしたように、”十年後”のおぞましい社会を強調し始めた。
「科学の進歩は、長年培った俺たちの価値観を音を立てて崩していく。社会規範は乱れて道徳的価値観さえもその普遍性は失われていく筈だ。先の見通しの利かない流動的社会の出現は『末法の世』を語るに相応しい。急速な社会構造の変化は高いストレスと不安感を増していく。そして、人は強くなった自我意識から様々な価値観を主張し始めるだろう。結果としてそれらを束ねる超越的な存在としての宗教の必要性が高まってくることになる。新しい社会の宗教は皮肉にもその対立軸の科学から生まれてくると言ってもいい。科学は真理を追い求める一方で価値観の多様化を生み出しやがて相容れない筈の宗教へと辿り着いた。想像さえ困難な領域に分け入った科学は、人智の及ばない世界にその解を求めて自ら歩み寄りを始めていく。」

 祥三は”十年後”について蕩々と喋る中で、”意志”という言葉を持ち出してきた。
「技能・技術そして資金・規模といったものを私たちは追い求めてきた。これらは容易に結果を予測させる点で大いに価値を認められてきた。ところが、このような副次的な基準は、これからの社会では恐らく通用しないだろう。企業人の目安としては到底成り得ない。変化に即応することが何より求められる新しい社会では、実践をリードする”意志”がまず問われ、それがどれ程強いのかが重要な基準となるに違いない。」

 三段論法を振りかざす祥三には取りつく島がない。気持ちを抑え聞いていると、祥三はついに私の知りたがっていた事を漏らし始めた。

「統計学的にみて”十年後”には社会の構造は一年単位で変化をしていくことが予測できる。これは避けられない事実といってもいいだろう。”十年後”といえばすぐにでもやってくる。大急ぎで対策を立てておかなければ間に合う話ではない。わずかな期間で社会の仕組みが変わっていってしまう訳だから、先の見通しを誤れば大きな損失につながってしまう。しかし、時代を読み雑音を振り切って事業を推し進める強い”意志”を持ち合わせた人間が、世の中にそうはいるものではない。企業の成長がここにきて軒並み陰りを見せ始めている所以はここにある。情報を分析・総合させ感情も洞察力も備えた人工頭脳というのもがあればいいが、これはまだまだ先の話だ。政府はというと元より頼れる力とはなり得ない。結局は企業が生き残りを掛けて自ら対応策を探していく事となる。新しい時代に相応しい企業へと自助努力し脱皮していくことが求められる訳だが、この課題は承知していてもそう易々と解決出来る課題ではない。自然を超えるという常識を外した思索の中で実践をリードする強い”意志”が問われている。この時空の流れに乗れずに成長できない企業は数多とあって、社会の急速な変化に飲み込まれ脱落していく企業は後を絶たない筈だ。今の大企業の多くも姿を消し”十年後”の日本の企業地図は相当変わったものとなっているだろう。」

 祥三は私の顔をのぞき込んだ。

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