陳念は吃音症を抱える十六歳の女子高生。
成績は良く、飛び級しているので高校三年生だ。
一週間前、同級生の胡小蝶が飛び降り自殺した。
その日、陳念は胡小蝶とあと二人で掃除当番に当たっていて、掃除後その二人は先に帰り、教室に残ったのは陳念と胡小蝶だった。
陳念は警察の調べに対し、胡小蝶より先に帰った、彼女に異常は感じなかったと話す。
調べを終え教室に戻ると、数十もの視線の中に、彼女の体を傷つけんばかりの鋭い視線があった。
[寸評]
ミステリーであり純愛ものでもある中国小説。
アカデミー賞候補にもなった映画の原作だが、映画は未見。
主人公は陳念と恋人の北野、陳念を心配しながら事件の真相を執拗に追う刑事の鄭易の三人。
終始切迫感に溢れた物語で、学校でのいじめのエスカレートと地域を震撼させる事件は陰惨で衝撃的。
一方、固く結ばれた陳念と北野の二人の場面はキラキラした瑞々しさに満ちている。
本編後の鄭易の陳念への手紙と陳念からの返信が小冊子で付いているが、これも良かった。
文政二年の江戸。
芝居町きっての色男は音羽屋の三代目尾上菊五郎。
一代で二枚目菊五郎の名を江戸中に轟かせ、大作者鶴屋南北を父と慕って芝居小屋を縦横無尽。
齢は未だ三十六の芝居盛りだ。
一方、江戸の芝居の看板役者といえば、江戸随市川と名の高い成田屋の市川團十郎である。
團十郎は由緒ある名跡で、当代の七代目は未だ二十九ながら主役を数多く務めている。
團十郎は次の芝居を「助六所縁江戸櫻」として、主役の助六を演じると決めた。
[寸評]
文化文政時代のライバル、三代目尾上菊五郎と七代目市川團十郎を主人公に据え、江戸歌舞伎界を描いた連作短編六編。
べらぼう調の江戸言葉の連発で前半は手こずるが、徐々に生きのいいテンポに慣れてくると調子に乗って楽しく読める。
作者は2003年生まれと若いが、歌舞伎に係る造詣は深い。
どの話も物語としての面白さはさほどないが、語り調子が良くて読んで小気味よい気分に。
中では主人公二人が舞台上で本身の刀でやり合う「伊達競坊主鞘當」がとりわけリズム良し。
ハルオは今、母親のミオと一緒に住んでいない。
彼が那覇市内の高校に受かったことを見届けてから別々に暮らすようになった。
以来、彼は一人でアパートから高校に通い、地元の国立大医学部にストレートで合格した。
ミオは久茂地で「ダークエンジェル」というバーを切り盛りしていた。
ハルオは私生児だ。
父親のことは何も知らない。
ミオが入金する金は多くないので彼はバイトで小遣いを賄っていた。
夏休みの間はゴルフ場でポーターをしていた。
[寸評]
前作「ダーク」から20数年、ミロも年をとり、息子のハルオは20歳になった。
ミロの夫が刑期を終え出所することをきっかけに急展開するミロとハルオを描くクライムサスペンス。
前作の内容は流れがつかめる程度にざっくりと触れられる。
「ダーク」同様の長尺で、「悪」を知る旅に出るハルオの話は中盤若干だれるが、それでも予断を許さぬ展開で引っ張り読ませる。
最後は再び修羅となるミロが見られるのかと思ったら幕切れは意外と唐突であっさり。
それも桐野夏生らしい。
石川光陽は警視庁の写真室所属。
満州事変後、警視庁庁員にも召集令状が届くようになり、1945年1月の今では写真室勤務は光陽ただ一人になっていた。
警務課長から東京の景色や空襲被害を写真に残すよう言われており、写真撮影が仕事として認めらている。
先月、光陽は死を撮っていた。
裂かれたシーツで首を吊っている女性。
正座の状態で、長いスカートが放射状に広がり、まるで花冠のようだ。
“釣鐘草の衝動”と風聞される死が続いていた。
[寸評]
昭和20年、毎夜の米軍の空襲に疲弊する東京を舞台に、実在した警視庁の写真室所属巡査と内務省の鑑識第一人者を配したミステリー。
洋装女性の連続不審死に関する二人の地道な捜査が綴られていくが、結末も含めてミステリーとしての面白さはもうひとつか。
3月10日未明の東京大空襲については、耳を覆いたくなるような慟哭に満ちた地獄図の描写が10数ページにわたり、圧巻。
また戦時下、洋服を着て髪にパーマをあてる市井の女性たちの颯爽とした姿には目を瞠った。
19世紀半ば、ミズーリ州ハンニバルという町。
少年ハックルベリー・フィンは幼い頃に母親と死別、父親は酒を飲んではハックに暴力を振るう。
ハックは酔った父親から逃れるために、自分が殺されたように見せかけて家を出て、ひとまずミシシッピ川の中州のような島に潜んだ。
そこにジムが現れる。
ジムはミス・ワトソンが所有する黒人奴隷。
妻セイディーと娘エリザベスがいる。
ジムは自分が売り飛ばされるという話を耳にして逃げてきたのだ。
[寸評]
マーク・トウェインの古典名作「ハックルベリー・フィンの冒険」を白人少年ハックではなく、同行する黒人奴隷ジムの側から語り直した作品で、後半からは独自の展開をみせる。
人間としての尊厳を奪われた黒人奴隷たちの魂の叫びが的確な邦訳と相まって見事に表されているし、かつ物語として読みやすく面白い。
醜い人種差別を黒人の側から冷静に見つめて皮肉もたっぷり、実に秀逸な作品だと思う。
結末は衝撃的だが希望がある。
全米図書賞、ピュリツァー賞など受賞多数。
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
[導入部]
[採点] ☆☆☆★
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
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