◎9月


跡を消すの表紙画像

[導入部]

 フリーターの浅井航は祖母の葬式の後で喪服を着たまま「花瓶」という居酒屋に入ると、店のカウンターでやはり喪服を着ている笹川という男と出会う。 笹川は清掃業をしていると言う。 飲み慣れない日本酒を飲み吐いてしまった浅井は笹川の上着の袖を汚してしまう。 3日後、クリーニングした服を持って笹川の会社を訪ねると、今日バイトしないかと誘われる。 老人が孤立死していたアパートの部屋を清掃するのだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 孤立死、自殺、殺人、心中など、わけありの場所を清掃する特殊清掃専門の会社を舞台に、清掃業者を中心に、死者の関係者、現場の大家、そして死者本人といった人々の織りなす人間模様を描く。 非常に特殊な仕事で現場や清掃の描写もリアルで、その点はたいへん興味深く読める。 一方人間ドラマのほうは、主人公は喋りすぎだし、なにか上面をなぞったような浅い印象なのが残念。 死の現場の深さに見合うだけの深みのあるドラマになっていない。


大人は泣かないと思っていたの表紙画像

[導入部]

 32才の時田翼はぐるりを山に囲まれた耳中市肘差に78才の父と二人暮らし。 母は翼が大学生の時に出奔した。 翼は農業協同組合の共済課に勤めている。 父は定年退職して以降、昼も夜もずっとテレビの前に座って酒を飲んでいる。 そして隣家の80才の田中絹江と仲が悪い。 あの女がうちの庭のゆずを毎日ひとつずつ盗んでいくと父は怒り、現場を押さえろと言い募る。 仕方なく翼は張り込むことにした。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 7編の連作で、時田翼を最初の語り手として、以降、翼の親友や母、職場の同僚の女性など語り手を替え、最後はまた翼の語りで締める。 それぞれが様々な状況の中で、人との距離をはかったり、いろいろなことを考え悩みながら、今を懸命に生きている。 それが各編面白いエピソードで綴られていて、登場人物たちの一生懸命な姿がたいへん爽やかな作品。 幕切れもほっこりさせられるし、あくまでも優しくじんわりと心にしみるようないい物語でした。


泥濘の表紙画像

[導入部]

 大阪で建設コンサルタントをしている二宮啓之の事務所に二蝶会若頭補佐の桑原が訪ねてくる。 桑原は極めて凶暴なイケイケのヤクザ。 二宮にとって桑原は疫病神だ。 桑原は、歯科診療報酬不正受給と警察OBの関与を報じた新聞記事を持ってきて二宮に見せる。 その歯科医が保険証を集めた老人ホームに食い込んでいるのは暴力団の白姚会。 桑原は嫌がる二宮を連れて白姚会の事務所へ乗り込む。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 作者の
「疫病神」シリーズ7作目。 桑原と二宮の掛け合い漫才のようなやり取りが相変わらず舌好調で、話の流れは今までの作品と大して変わらないのに不思議とマンネリ感がない。 今までの作品では桑原が狙う儲け話がかなり入り組んだ設定のところ、今回は比較的シンプルで分かりやすく、一気に読ませる面白さがある。 桑原がイケイケで突っ走る度合いが本作ではかなりのもので、最後にどう話を納めるのかも期待を持たせて、読み手を引っ張る。


歪んだ波紋の表紙画像

[導入部]

 地方新聞近畿新報の記者沢村は休日に社会部デスクの中島から呼び出される。 ひと月ほど前に起きた死亡ひき逃げ事件については、一週間前特ダネとして黒のワンボックスカーの写真を掲載していた。 中島によると、その車は遺族宅にあるらしい。 沢村は遺族宅へ向かう。偶然、家族をひき逃げする可能性はほとんどない。 つまり殺人か。 そうなればこれから行う遺族との会話は「逮捕前の一問一答」となる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 メディアの「誤報」、「虚報」にまつわる5短編連作。 5作がわずかなつながりを持ち、最後の1作がまた最初に戻っていく巧みな構成。 いずれも緊張感のある物語だが、ミステリーとしては3作目の「ゼロの影」が最も面白い。 見ていた世界があっという間にひっくり返る快感が味わえる短編。 5作を通して、新聞社に在職していた著者により、レガシーメディアからネットニュースにまで範囲を広げて、報道の脆さ、危うさについて、ストレートに怖さが伝わる作品。


火のないところに煙はの表紙画像

[導入部]

 私が、大学時代の友人である瀬戸早樹子に紹介されて角田尚子さんに初めて会ったのは今から八年前のことだ。 角田さんが困っていて、相談に乗ってもらえないかとのことだった。 角田さんには結婚しようと思った人がいたが、すごく当たるという占い師にのところへ二人で行くと、不幸になるから結婚しない方がいいと言われた。 すると彼がひどく怒り、その様子を見て、結婚して大丈夫かと不安になった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 怪談話5編とそれらすべてに関係した最終話がつく。 いずれも作者自身を登場させ、いかにも実話っぽく書かれているのは上手いし、それぞれそれなりの怖さもある。 とりわけ第一話は思わずぞくぞくっとするような怖さ。 ただ続くどの作品も少々パターン化しているように感じられ、主人公の“私”が怪奇現象の起因を執拗に探るあたり、とりわけ最終話は謎解きミステリーになっていた。 そこでのどんでん返しも少々こじつけめいてしまったようだ。


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