AUGUST

◎8月


陽の光が消えた町での表紙画像

[導入部]

 本物の大災害が襲う前、ずっと小さめの災害がいくつか起こったころ、おおぜいの隣人とオンラインで知り合った。 ミネアポリスのわたしの地区に住む人たちは以前からそこそこ仲がよく、ワッツアップのグループではみんながさらに親しくなった。 インターネットと携帯電話がダウンしたとき、隣人タニーシャは庭に小さなブースを建てて中に掲示板を掛け、外にペンキで“WHATUP(どうしてる?)”と書いて、みんなが互いに伝言を残せるようにした。(表題作)

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 全六篇の日本オリジナル短篇集。 いずれも三大英米SF賞のヒューゴー賞、ネビェラ賞、ローカス賞を受賞したり最終候補になった作品という豪華版。 と言ってもどの作品もSF度はかなり低く、読みやすく、穏やかなドラマ性の普通小説の趣きだ。 読後感は良い。 中では、70ページ強で最も長い、主人公の女性がなりたいと思っていた自分を見つける理系小説「海を見渡す四姉妹」がいい。 また携帯電話アプリが日常に溶け込んだ現代を描く「アルゴリズムでよりよい生活を」も鋭い。


ファイア・ドームの表紙画像

[導入部]

 北陸地方にあるL県の蒔戸市。 一郷屋百貨店に十五時半頃、地元新聞社の文化せいかつ部記者の森と名乗る男から、一階の総合案内カウンターの新沼を取材したいとの電話がかかってきた。 新沼紗英は勤務して二年目の二十二歳。 彼女は上司の許可を得て、十八時十分に百貨店を後にした。 その夜、家に帰ってこず、翌日百貨店に「受付嬢を誘拐した。六千万円用意しろ」との電話が。 一九九四年七月十三日、L県デパート受付嬢誘拐殺人事件の最初の朝のことだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 百貨店受付嬢誘拐殺人と同時期の小学生ひき逃げ、そして25年が経ち小学生失踪、それらが見事に結びつくミステリー大作。 登場人物は限られており、話はどんどん進んでいく。 とりわけ上巻終盤から下巻序盤が怒濤の展開で、読んでいて大興奮、涙出た。 その後、下巻半分いかないうちに事件は概ね解決してしまうのだが、話はもうひと山残している。 上下巻一気読み必至の作品だが、それでも終盤は長さを少し感じた。 噂、デマ、根拠無い糾弾が女教師を呑み込む怖ろしさに身震いした。


ギアをあげて、風を鳴らしての表紙画像

[導入部]

 渡来クミ、小学四年生。 クミは教壇から教室全体を見回し、「愛知県から来ました。渡来クミです」と挨拶する。 明るく、接しやすく、笑顔で。 転勤族として自然と身についた三原則。 小学校は三校目で久しぶりの関西だ。 一学期が始まり一週間もすると、クミはすっかり教室に馴染んでいた。 ふと窓へ顔を向けると、校舎の足もとに女の子が座っている。 クラスメイトが「わーお。アーメン」とつぶやくと、周りの子たちがぷっと吹き出す。 吉沢癒知という子らしい。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 宗教団体教祖の生まれ変わりとして教団で暮らす癒知と、癒知の学校に転入したクミの、小学四年生二人が主人公のシスターフッド小説。 大喧嘩から仲良しになるのは定石通りだが、二人が遊んでいるときの弾けるような笑顔の交流がとても良い。 秘密基地なんていかにもだが。 一方、教団での癒知の様子や、不仲な両親のもとでのクミの暮らしぶりなど、対照的な描き方も上手い。 ただ幕切れの評価は保留。 こういう終わり方はよく見るが、その先は苦難しかないよ。 小説すばる新人賞受賞作。


灰の王の表紙画像

[導入部]

 金融投資会社CEOのローマンのもとに妹のネヴェアから電話が。 ネヴェアは故郷ヴァージニア州ジェファーソン・ランという町で父が興した火葬場の仕事をしている。 妹は父のキースが事故に遭い昏睡状態だと言う。 ローマンは急ぎ飛行機で帰郷。 病院で父は人工呼吸器につながれていた。 線路そばの道路でトラックがぶつかってきて、飛ばされた父の車に列車が衝突して重傷を負ったということ。 妹によれば最近不審なことが重なっており、事故とは思えないと。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 作者らしさ全開のスーパーバイオレンス犯罪小説。 彼の作品として5作目となり、本作では登場人物、設定、筋立て、女性の描き方なども既視感を感じさせるが、それでも疾走感を持ってラストまで読ませる。 一方、母の失踪の秘密はラスト近くに明かされるが、衝撃度は今ひとつか。 主人公は絶望と暴力の嵐の末、ついに“王”となるのだが、コスビーは怖ろしいこの作品で行き着くところまで行った感じがした。 英国推理作家協会(CWA)のイアン・フレミング・スティール・ダガー賞を受賞。


見えるか保己一の表紙画像

[導入部]

 七歳を過ぎた辰之助は武蔵国保木野村に両親と弟と住んでいる。 母は三日に一回、二里離れた上野国の桐淵先生のところへ辰之助を背負って連れて行く。 桐淵先生は目病みの人がこぞって足を運ぶ有名な目医者だ。 先生は母に「もう諦めなさい」と言うが、懇願する母に負けて高価な薬を処方してくれる。 やはり辰之助の目はまったく良くならない。 最初は目の内に蚊のようなものが点々飛んでいたのが、一年かけて米搗き飛蝗ほどの大きさになり、日に日に増えていく。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 江戸時代の盲目の国学者・塙保己一を描く物語。 まずはこの題材を取り上げたことに感心した。 そして単なる偉人伝に終わらず、保己一の親族との関係などの所帯じみた苦労まで細かに描かれていて面白い。 人間の宿業まで描ききるような終盤も読ませる。 保己一が類い希な業績と総検校として将軍に謁見する地位にまで登りつめるにはとてつもない努力があったと思うが、そのあたりは描き切れていないと思った。 山本周五郎賞受賞作で、直木賞にも候補に挙がり本命と目されたが受賞は逃した。


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