AUGUST

◎8月


平場の月の表紙画像

[導入部]

 青砥健将は五十に届き、時折体の不調が感じられるようになって総合病院に出向いた。 念のため胃の内視鏡検査を受けた。 結果は生検。 ちょっと気になる腫瘍があったのでまた念のため病理検査に出すということに。 検査後、腹になにか入れようと売店に向かった。 そこのレジ係の女性が須藤だった。 須藤とは中学校での三年間、同じクラスだった。 中三のとき、青砥は須藤に告白して断られたことがあった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 酸いも甘いも噛み分けた大人同士の恋愛小説。 恋人が不治の病で、というのはまさに王道のお涙恋愛もののパターンだが、それでも淡々とした最後にはぐっとこみ上げさせるものがあった。 気取りのない筆致がこの物語によく合っていて、二人の間に流れる空気感が時に心地よく、時に切なく胸に迫ってくる。 大人を感じさせる二人の距離感の描き方がとても良く、心にしみる物語になっている。 直木賞は候補で終わったが、受賞してもよかったと思わせた。


刑罰の表紙画像

[導入部]

 カタリーナの一家は集落の奥まったところに住んでいた。 父親は製紙会社の支配人、母親は教師で、麓の町で働いていた。 彼女が14歳のとき、父親が秘書と暮らすため町に移り住み、彼女は母親と共にボンに引っ越した。 大学生の時、州議会議員のオフィスで実習生になり、卒業後は政治財団で働きはじめた。 会長の秘書となり三年目、身体の節々が痛みを感じるようになり体重も減る一方だった。(「参審員」)

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 強烈な印象を残した
「犯罪」「罪悪」と同様に、作者が刑事事件専門の弁護士として関わった実際の事件に材を得て、それぞれの“罪”と“罰”の真相を容赦ない筆致で描く短編集。 10頁から20頁ほどの12短編で構成。 淡々とかつ冷静に、罪を犯した人間やそれに至る過程、その罪そのものの本質に迫っていく。 法の論理の厳格な適用により、明白な犯罪も罰を課さずに終わらせてしまうことにも鋭く突っ込むが、あくまで事実のみを冷酷に描いている。


愛を知らないの表紙画像

[導入部]

 高校の2年C組。 合唱祭実行委員の青木さんが「二人の擲弾兵」という曲について教壇で声を張っていた。 アルトとバスのソロを募るとヤマオが挙手し「俺がやりたい」と言う。 長身で獅子のたてがみのような金髪、厚みのある胸。 瞬時に拍手が起こりヤマオは歓迎された。 一方、アルトのソロはなかなか決まらない。 するとヤマオは千葉さんを推薦した。 教室が静まりかえる。 千葉橙子は支離滅裂、協調性もない。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 
「1ミリの後悔もない、はずがない」でその語り口に感心した作者の新作。 合唱祭でピアノ伴奏をする涼という名の男子を語り手に、合唱祭とクラスの問題児の千葉橙子の物語に、時折誰か分からない母親の子育てについての独白が入る。 後半、千葉橙子について一挙に反転するような展開はなかなか凄い。 「愛したい」、「愛されたい」の感情がヒリヒリと伝わるところが作者らしいが、全体にYAものの域を出ない印象で、もう一段の物足りなさを感じた。


傑作はまだの表紙画像

[導入部]

 作家の加賀野は50歳、ひとり暮らし。 ある日突然、息子の永原智がやって来た。 25歳の彼に会うのは初めて。 永原美月と関係を持ったのは26年前。 美月は妊娠したが加賀野とは考え方も将来の展望もまるで違った。 それで子どもは美月が育て、加賀野は養育費を毎月十万円送ることにした。 振り込むと子どもの写真が送られてくる。 それだけの関係だったが、突然現れた青年はずかずかとリビングに入ってきた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 半ば引きこもりのような作家のもとに突然現れた初対面の息子。 しばらく作家の家に居着くことにした息子は、社交的で近所付き合いも上手にこなす爽やかな青年だった。 戸惑うばかりの主人公の様子も面白いが、やがて彼は息子に引きずられるように地域コミュニティや家族というものを考えるようになっていく。 全編良い人ばかりが出てくるちょっと現実離れした物語ではあるが、たまには優しさに満ちたハートフルな作品を読むのもいいと思わされた。


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