◎97年9月



[あらすじ]

 昭和20年8月の南樺太。 人気役者だった嵯峨巴は陸軍少尉となったが、上官に言い寄られ殴り倒して脱走を図る。 途中、徴兵拒否の坊さんや結婚詐欺の殺人者らと関わりながら昔の女の家に逃げ込むと、そこには憲兵に追われている翡翠という華族の娘がいた。 降伏後も樺太占領を目指すソ連軍に追われながら翡翠を守るため嵯峨は命懸けの脱出行に挑む。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 登場人物がとても多彩で、物語もスリルの連続、見せ場の連続の冒険活劇小説。 適度な謎と切ない恋愛模様まで絡めててんこ盛り状態だが、残念ながら”胸躍る”というところまではいきません。 昭和20年の話と共に、現代において翡翠らの今の消息を調査する新聞記者の姿を時折織り交ぜながら描いているのだが、これが余計だったと思う。 徹底して当時の脱出行のみを描いておれば一本芯の通った痛快冒険小説になっていたかもしれません。



[あらすじ]

 版画家の森真希はある日自動車運転中ダンプカーにぶつかり意識が途切れる。 ふと気付くと自宅の座椅子に座っていた。 しかし外へ出ると人間も動物も動く物はなにも存在しない世界になっていた。 まんじりともしない夜を過ごした翌日、階段から落ちて足を骨折してしまう。 しかしまたふと気付くと足の痛みはなく、1日前と同様座椅子に座っている自分を発見する。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 北村薫の
「スキップ」に続く『時と人』3部作の第2作。 序盤はどこかで読んだような設定が続き拍子抜けしそうだったが、中盤ドキッとするような展開が続けて待っている。 このあたり話の流れがとても上手い。 終盤のサスペンスタッチは個人的には好まないが、相変わらず終わり方は気持ちいい。 限定された物語世界のため話の面白さとしては前作に譲るが、前作同様残酷な設定の中に溢れる人間愛が感じられる佳作。



[あらすじ]

 新宿歌舞伎町は上海系と北京系の中国マフィアが均衡を保っていたが、実際は台湾人薬屋の揚偉民が両派を操っていた。 揚偉民子飼いの殺し屋秋生は揚に命じられ北京系のボス崔虎の腹心の部下を暗殺する。 崔虎は元刑事の滝沢に組織内の裏切り者の探索を命じる。 一方役目を果たした後も新宿に待機させられた秋生は不安に駆られ、以前揚から息子同然の扱いを受けていた劉健一を訪ねる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 昨年もっとも衝撃的だった
「不夜城」の続編。 前作から2年後の新宿を舞台にさらに凄惨な物語が展開する。 物語は秋生と滝沢の2人の視点で交互に語られていき、終盤交錯していく。 前作同様、迎合と裏切り、憎悪、恐怖、倒錯など暗黒面の要素がさらにパワーアップした感じ。 冒頭から血腥い場面の連続で本物の戦争並に人が死んでいくし、話が込み入りすぎてわかりにくいが、徹頭徹尾緊張感を保つ作者の力量は恐ろしいほど。



[あらすじ]

 乙松はまもなく廃線となる北海道幌舞線の終着駅の駅長。 といっても駅員は乙松ひとりだ。 美寄中央駅の駅長で定年後は新駅ビルの役員になる予定の同期で友人の仙次は乙松を駅ビルに誘うが、 乙松は女房、子供の死んだこの地を離れるつもりはない。 ある夜、駅のベンチにセルロイドのキューピー人形が置き忘れられていた。 表題作外7編の短編集。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 直木賞受賞作。 上手いですねぇ。せりふ回しにしろ、話の組立にしろ人情話が実に上手いです。 しかし読み手に対して、どうだ泣けるだろぅという感じが見えるものもあり、もうひとつ好きになれませんでした。 全8編では幽霊話が多いが、中では「角筈まで」と「うらぼんえ」の2作、どちらもさぁ泣け系だけどこれは作者の術中にはまってしまいました。 しかしこれで直木賞ですか。浅田次郎にはもっといい本がいっぱいあるがなぁ。



[あらすじ]

 アレックスは精神科医。 最近病院には食事もとらずコンピュータに日夜かじりついていた患者が次々に運び込まれていた。 やがてアレックスと内科医マークらのチームは、ペナルティメートというソフトウェアが原因であることを突き止める。 このソフトは人工知能を持ち、インターネットを通じて自己増殖を繰り返し、人間にコンピュータの電源を落とさせないよう逆に人間を操り始めていた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 多少ともパソコンやゲームに知識のある者が読めばなかなか面白い。 (逆に知識のない人は読もうとも思わないでしょうが) 前半から主人公らが追いつめられていく中盤にかけてはいいテンポ。 ネットワークに潜む不気味なソフトが引き起こす様々な出来事がサスペンスたっぷりに描かれる。 しかし後半長々と続く人間とペナルティメートの戦いは荒唐無稽でダレる。 ラストも類型的で、アメリカものではお約束のアレックスとマークの恋愛劇も余計。


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