◎23年6月


幽霊ホテルからの手紙の表紙画像

[導入部]

 作家の周旋は新しい小説のインスピレーションを得るため上海の街を歩き回り、バスに乗った。 空席の隣に座っていた女は、白い衣服のあちこちが暗い血の色に染まっていた。 心配して彼女を家まで送り届けた三日後、ずっと落ち着かない気分でいた周旋はその女に会いに行くことにした。 女は田園という名で女優をしていると言う。 そして一見骨箱のように見える黒い木匣(きばこ)を持ってきて、一か月ほど預かってほしいと頼む。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 現代中国を代表するサスペンス作家によるホラー小説。 浙江省の海岸端に建つ「幽霊客桟」という名のホテルを舞台に、限られた登場人物の中で謎は深まり、やがて狂気と惨劇に彩られていく。 不穏な雰囲気の中、読者を物語に没入させる力があると感じた。 物語中、森村誠一『野生の証明』やスティーヴン・キング『シャイニング』への言及もあり、面白い。 ホラーとしての怖さはもちろんだが、サスペンスミステリーとしても最後は上手い具合に着地させていて感心した。


コメンテーターの表紙画像

[導入部]

 畑山圭介は中央テレビで午後のワイドショーのスタッフをしているが、番組の視聴率は低迷している。 圭介はプロデューサーの宮下からコメンテーターとして美人の精神科医を連れてくるよう命じられる。 仕方なく、大学に職員として就職した同級生に事情を話すと、大学医学部とつながりが深い伊良部総合病院を紹介される。 ところが女医ではなく、院長の息子の精神科医が自分が出演依頼されたと勘違いして乗り気になってしまった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 トンデモ精神科医・伊良部医師シリーズ
第三作「町長選挙」からなんと17年ぶりの第四作。 各50ページ強の全5短編。 ドタバタが傑作の表題作以外はパターンは同じで、いろいろな状況で精神的に不安定となったデイトレーダーやピアニストなどが、なんの因果か伊良部医師の診察を受け、ハチャメチャな診断に振り回され困惑するも徐々に自分を取り戻していく、というもの。 いずれも作者の職人芸のような筆さばきで面白さは保証済だが、若干の物足りなさも感じる。


三体0の表紙画像

[導入部]

 その日はぼくの誕生日だった。 家族三人で囲むテーブルに十四の小さい炎が灯る雷雨の夜。 強烈な稲妻が閃き続けているとき、それは壁を通り抜けて家の中に入ってきた。 バスケットボールくらいの大きさでぼんやり赤い光を放ち、ノイズを発しながら漂っていた。 父が手を伸ばしたとき、強い光と巨大な爆発音が轟き、両親の体が一瞬のうちに白黒に変わった。 そして二体の彫像が雪崩を起こし、絨毯の上に白い灰の山が残された。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 SF大傑作の
「三体」三部作の前日譚だと思ったら、内容にほとんど繋がりは無かった。 ごく一部の登場人物が共通することと、結末近くにシリーズへの繋がりをほのめかす記述がちょっとあるだけだ。 内容は“球状閃電”(球形の雷)を使った新兵器開発をめぐる戦争SFと言えよう。 量子力学に関する記述が深い(?)ハードSFであるので物語は少々手強いが、直線的で比較的読みやすい。 終盤はサスペンスフルでドラマチックな展開で、エンタメ度も忘れていない。


藩邸差配役日日控の表紙画像

[導入部]

 里村五郎兵衛は神宮寺藩七万石の江戸藩邸で差配役を務めている。 差配役は、藩邸の管理を中心に殿の身辺から襖障子の貼り替え、厨のことまで目を配る要のお役だ。 口の悪い者は陰で何でも屋などと言っているようだが、大小によらず藩邸内の揉め事が持ち込まれるのが常だ。 その日、副役の野田弥左衛門が、非番だった五郎兵衛の屋敷まで急ぎ駆けてきた。 上野の山へお忍びで桜を見物に行った若ぎみが行方しれずになったと言う。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 差配役という総務のようなお役を務める主人公が巻き込まれる出来事を描く時代連作五編。 四話までは、若君の行方不明事件、御用商人の入札不正疑惑、厨房での男女の揉め事、正室の猫探しと、大小の厄介ごとに差配役が振り回される、ドタバタめいた軽めの面白話。 最終五話目は中編で、一転してドロドロした藩内の権力闘争に否応もなく引き釣り込まれる主人公が描かれる。 アクションはほとんど抜きで、いずれの話も最後はしっかり落ち着くところに落ち着く好編。


悪魔はいつもそこにの表紙画像

[導入部]

 十月の雨降る暗い朝、アーヴィンは、オハイオ州南部のノッケムスティッフという土地の草地の縁沿いに、父親のウィラードを必死で追いかけていた。 数分後、森に入り、やがてぽっかり空いた狭い土地に出た。 古びた十字架が地面に突き刺してあり、ウィラードはその前にひざまずくと息子にも自分の隣を手振りで示した。 ウィラードは毎朝晩ここに来て神に語りかける。 学校のない週末にはアーヴィンも連れていって祈らせるのだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 帯にもあるが、いかにも現代アメリカ作品らしい残酷な“狂信と暴力”のノワール文学。 ジム・トンプスンやコーマック・マッカーシーを想起させる、地獄に吸い込まれそうな不条理な暗黒譚が1960年代を時代背景に綴られる。 ただ過激な暴力描写だけで見せる作品ではなく、説教師と従弟のコンビ、殺人鬼の夫婦、欲望にまみれた牧師などを描いた話が並行して語られ、終盤に主人公アーヴィンのもとに収斂していくなかなか見事な構成だ。 血と暴力に彩られた非情な物語。


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