◎19年7月


尼子姫十勇士の表紙画像

[導入部]

 尼子一族は応仁の乱に乗じて出雲国の大半を掌中におさめた。 それから80年後の永禄9年(1566年)、毛利軍に猛攻された尼子軍は月山富田城を開城して降参、尼子は壊滅。 その2年後の京の都。 新熊野神社近くの家の離れを借りて隠棲していた尼子直系のスセリ姫のもとに、消息が途絶えていた武将山中鹿介が訪ねてくる。 毛利が九州に兵を進めたため出雲は手薄になり、今こそ尼子再興の好機と言う。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 尼子氏再興のために立ち上がった十勇士と数千の兵らの奮戦を描いた戦国歴史ものだが、作者には珍しく八咫烏や黄泉の国、精神と身体の入れ代わりといった伝奇ものの趣もある。 この伝奇的な要素がどちらかと言うとやや控えめな描き方で、いっそ派手なファンタジーにしてしまっても良かったのでは。 十勇士それぞれの描き方もこれまた控えめで、個性に乏しく派手さに欠ける。 スケールの大きな物語になりそうで、中途半端に終わってしまった感じでした。


目撃の表紙画像

[導入部]

 戸田奈津実は電気メーターの検針員。 その担当地域の中で2週間ほど前、殺人事件が発生した。 資産家の自宅で夫人が死体で発見されたのだ。 金目の物が盗られていたということで、警察は強盗殺人事件と見ているらしい。 仕事を終わり、幼稚園に娘の満里奈を自転車で迎えに行く。 チャイルドシートに満里奈を乗せた時、背骨を寒気が走り抜けた。 振り返ると何者かが路地に飛び込む姿が視線をかすめた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 偶然殺人事件の何かを見てしまったらしく、何者かにつけ狙われる電気メーター検針員の女性。 一方、彼女は暴力夫と離婚調停中だった。 それでなんとなく話が分かってしまいそうだが、この物語にはさすがにもう一段以上のすくい投げが待っていた。 中盤は中だるみ的な流れが続くのだが、終盤はまさにスリルに満ちた怒濤の展開で、迫力もあり、ここはなかなか凄い。 ただ、最後の決着の付け方が、今の時代、それなないだろう的なものだったのが残念。


渦の表紙画像

[導入部]

 近松半二。 かの近松門左衛門と同じ姓を名乗っているが血の繋がりはないし面識もない。 本名は穂積成章。 儒学者の父はいわゆる浄瑠璃狂い、どっぷりと人形浄瑠璃に浸かり、竹本座と関わるようになった。 その父に連れられ成章は物心つくかつかぬうちから竹本座の楽屋周りで浄瑠璃を耳にしていた。 兄が勉学に勤しむ傍ら、浄瑠璃本や伝奇ものばかり読みふける。 やがて芝居小屋へ入り浸るようになる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 人形浄瑠璃(文楽)と歌舞伎の名演目と言われる「妹背山婦女庭訓」を書いた近松半二の一代記。 とことん浄瑠璃に入れ込み、その渦に身を任せた男の生き様がたいへん生き生きと描かれている。 浮き沈みの激しい歌舞伎や浄瑠璃の興行の世界も興味深い。 直木賞候補作でなかなかの力作だと思うが、関西弁で書かれた文章が少々読みにくいのと、肝心の人形浄瑠璃そのものの魅力が表現されていない、伝わってこないので採点はちょっと辛め。


三体の表紙画像

[導入部]

 1967年の中国。 文化大革命の狂気は洪水となって北京を呑み込んでいた。 中心部の外れにある大学のグラウンドでは数千名が参加する批判闘争大会が開かれていた。 集会の批判対象は、反動的学術権威。 批判大会の最後に引き出されたのは理論物理学者の教授、葉哲泰。 葉哲泰は頭の鉄の三角帽、胸に下げた鉄のプラカードがもたらす苦痛に耐え、沈黙を守った。 紅衛兵が資産階級理論の打倒を叫ぶ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 世界最大のSF賞であるヒューゴー賞をアジア圏で初めて受賞した中国最高のヒットSF小説。 文化大革命の嵐で幕を開け、VRゲーム世界、異星人とのコンタクトへと話は広がる、スケールの大きな物語。 登場人物の波乱の人生、VR世界、始皇帝の兵士三千万人による人間コンピュータなど、とにかく壮大な奇想が連続して展開。 SFが苦手な人でもエンタメ小説としてかなり楽しめるのではなかろうか。 3部作の1作目にあたり、2作目が待ち遠しい作品だ。


ライフの表紙画像

[導入部]

 井川幹太は江戸川区平井にあるアパートに8年前からひとり住まい。 大学卒業後、ふたつの会社を辞めてからはコンビニのバイトで暮らしている。 そして結婚披露宴の代理出席のバイトもしており、今日は永井寛哉という名前で、新郎の中学時代の友人という役柄で出席している。 宴席中、新婦側友人席にいた女性に「井川くんじゃない?」と声を掛けられる。 高二のときにクラスが同じだった萩森澄穂だった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 たいへんゆったりとしたリズムで主人公の日常が描かれていく。 ささいなきっかけで次々と人と知り合っていく、出会いと別れのドラマ。 昨年読んだ同じ作者の
「ひと」と似たような作品で、特にドラマチックな描き方ではなく、比較的淡々と進むが、なんとなく引き込まれて読んでしまう物語だ。 優しさに満ちた話だが、主人公があまりに淡々としすぎていて、もう少しは若さによる貪欲さのようなものがあってもいいかな、でも幸せならいいか、などと思わされた。


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