◎21年12月


同志少女よ、敵を撃ての表紙画像

[導入部]

 独ソ戦開戦後の1942年。 モスクワ近郊の農村イワノフスカヤ村でも村人たちは砲声を遠くに聞きながら日常を送っていた。 十八歳のセラフィマは、村が野生動物の食害に苦しみ食肉が不足している中、母とライフルで鹿狩りをしていた。 狩りを終え獲物を携えて村へ戻ると異変に気付く。 ドイツ兵が村の中央に村人を集め、パルチザンの居場所を言わなければ全員処刑すると怒鳴り、いきなりひとりの頭を撃ち抜いた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 独ソ戦において女性狙撃兵となったソ連人少女を主人公とした戦場ドラマ。 序盤は軽めの文章を読んでYAものかと思ったが、主人公が狙撃兵としての訓練を受け戦場に駆り出されるあたりから、サスペンスに満ちた物語が続く。 全編にわたりアクションが豊富で迫力もありエンタメ性は高い。 また一方、血なまぐさい戦場の過酷さ、悲惨さもそれなりに表現されているし、人物描写はやや薄めの印象だが、主人公の成長、女性同士の絆が感動的に描かれている。


黒牢城の表紙画像

[導入部]

 天正六年、戦国の世の摂津国。 有岡城の城主、荒木摂津守村重は毛利と手を組み、織田家に謀反した。 米、塩などの食料や弾薬等重い荷を背負った人や牛馬が列をなして有岡城へと入っていく。 そんな折、織田方の使者が城にやって来る。 使者は小寺官兵衛、もとの名を黒田官兵衛であった。 官兵衛は、毛利は有岡城を救いには来ないと、村重に翻意を促す。 しかし村重は拒否し、官兵衛を土牢に放り込む。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 歴史ものと推理ミステリーを見事に融合させた作品。 史実に基づき有岡城の籠城戦の様相を綴っていくのに加え、城内で起こる難事件に城主・荒木村重が囚われの黒田官兵衛の助言を得ながら挑む推理劇が展開される。 四つの章にそれぞれ謎が設けられているが、いずれも密室風味に味付けされ、中でも三番目の事件などはその内容、謎解きとも興奮させられ、ページを捲る手が止まらない。 時代ものを巧みな文章と波乱の展開で読ませる面白本だ。


TOKYO REDUXの表紙画像

[導入部]

 1949年7月5日、日本郵船ビルの四階にいるGHQ民間諜報局公安課の捜査官ハリー・スウィーニーのもとに連絡が。 下山定則国鉄総裁が今朝早く行方不明になったという。 下山は十万人強の人員整理を発表することになっていたが、今朝自宅を出た後に登庁しなかった。 大量解雇による合理化に反対する国鉄労働者たちから彼は繰り返し脅迫、殺害予告を受けていた。 スウィーニーは下山の自宅へ向かう。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 2007年刊行
「TOKYO YEAR ZERO」シリーズ三部作の最終作がようやく出た。 今回は戦後最大の怪事件・下山事件を扱う。 三部構成で、一部はGHQによる事件の捜査を描き、二部は1964年、失踪した探偵小説作家を探す私立探偵が主人公、三部は1988年、昭和天皇の容態悪化の時期を描く。 読み手を選ぶ文体は変わらず、現実と幻想、現在と過去が入り乱れ、執拗に言葉が繰り返される表現手法など、作品全体が真っ黒に塗りつぶされた印象。


王女に捧ぐ身辺調査の表紙画像

[導入部]

 戦後まもなくのロンドンで、元スパイのアイリスと上流階級出身のグウェンが共同経営する結婚相談所。 依頼者を装ってやって来たのはグウェンのいとこで王妃殿下の部下のレディ・マシスン。 エリザベス王女のお相手候補のギリシャのフィリップ王子について、その母親アリスのスキャンダルをほのめかす脅迫状が届いたという。 マシスンは二人に調査を依頼し、英国王室の危機に二人はさっそく調査を始める。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 
「ロンドン謎解き結婚相談所」シリーズ第2弾。 調査スキルを持つアイリスと貴族社会に人脈を持つグウェンというコンビの特徴が本作でもしっかり生かされている。 前作同様、ふたりの軽快で当意即妙な会話が楽しい。 気持ちの良い作品だが、ミステリーとしては展開がごちゃごちゃした感じで、登場人物が非常に多くて読んでいて混乱、話の筋についていくのがたいへんでした。 場面場面は面白いので、話の流れに身を任せ、気楽に楽しめば良いだろう。


蝶として死すの表紙画像

[導入部]

 嘉応元年(1169年)、京の都。 保元平治の大乱から十年。 一昨年、平清盛が武士として初めて太政大臣に任ぜられた。 これにより、朝廷の高位高官は平家一門が占め、この世の春を謳歌していた。 都の通称病葉ノ辻では禿髪の死体が野犬に食われていた。 禿髪とは、清盛が平家を誹謗中傷する者達を取り締まるために都中に放った赤い衣の少年達のことだ。 その知らせが清盛の異母弟の頼盛のもとに入る。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 平清盛の異母弟で、知恵者として知られる平頼盛を探偵役とした本格推理もの短編5編の連作集。 解くべき謎は、禿髪殺しの下手人探し、中宮に仕える上搶蘭[を毒殺したのは誰か、首のない五体の屍から武者を特定するなど、派手さはないがそれぞれ面白い設定。 頼盛の謎解き自体はいずれも少々回りくどく理屈っぽくて推理ものとしてはそれなりだが、むしろ清盛から疎われ、やがて平家一門から離れる頼盛の生涯を描く歴史ものとしては興味深い。


ホームページへ 私の本棚(書名索引)へ 私の本棚(作者名索引)へ