◎21年5月


ロンドン謎解き結婚相談所の表紙画像

[導入部]

 1946年、戦後まもなくのロンドン。 戦時中にスパイ活動のスキルを得たアイリスと、上流階級出身のグウェンは共同で結婚相談所を営んでいた。 独身者同士の出会いを仲介しているのだ。 6月の午後、ドレスショップの店員をしているティリーは結婚相手を探しに結婚相談所を訪れた。 アイリスとグウェンの言葉巧みな勧誘を受け、ティリーは入会金5ポンドを支払い、求める男性のタイプや希望年齢、趣味などを話す。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 コージーミステリー風の邦題だが、しっかり殺人事件は起きる。 結婚相談所の共同経営者の2人のヒロインが、会員の男性の無実を信じて真犯人捜しに奮闘するのだが、この2人の交わす会話が当意即妙、ウィットに富んでいてたいへん楽しい。 登場人物はかなり多いが混乱なく、話の流れは軽快でスムーズに展開していくし、アクションの味付けも適度にある。 戦後間もない時代の雰囲気も出ており、ユーモアに包まれたミステリーとして十分楽しめる。 採点は甘め。


櫓太鼓がきこえるの表紙画像

[導入部]

 篤は高校を入学して1か月経たないうちに不登校になり、夏休み明けの9月に高校を中退した。 家中が苛立った空気で満たされる中、早く家を出たいと途方に暮れていた篤に相撲好きの叔父が大相撲の呼出の仕事を紹介してくれた。 そしてちょうど裏方がいなかった朝霧部屋を訪れ師匠と会い、協会の面接を受けて17歳で入門が決まる。 関取はおらず弟子も少ない朝霧部屋で力士たちと暮らす日々が始まった。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 小説すばる新人賞受賞作。 主人公の職業として大相撲の裏方である呼出を据えたのは面白い趣向で、土俵に上がる力士の四股名を呼び上げる仕事はなかなか興味深い。 はじめの方で篤が四股名を間違える失敗譚はあるが、その後の話は平板で全体に盛り上がりに欠けた物語だった。 お決まりの少年の成長物語ではあるのだが、人物描写が薄味でさらっと流れてしまう感じ。 相撲場面も迫力がいまいち。 もう少し抑揚のついた話が読みたかったな。


犬がいた季節の表紙画像

[導入部]

 塩見優花は三重県四日市市にある県内有数の進学校の八稜高校の三年生。 優花の成績は優秀でもなく、むしろ凡庸。 大学は高望みせず、家から通えて無理なく入れるところで十分と思っている。 夏休み前まで部長を務めていた美術部では現在、体育祭に使う看板を制作中だ。 同じ部の早瀬光司郎は東京の美大を目指している。 部室のその早瀬の席に、小さくて砂まみれの白い犬がちょこんと座っていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 学校に迷い込み生徒たちで飼うことになった犬と、各年の三年生の姿を描いた5話+まとめの連作短編集。 進学の悩み、友情、家族との軋轢や援助交際、祖父の死など、18歳の揺れる心が、阪神淡路大震災などの実際の出来事とうまくリンクさせながら描かれる。 話題はシビアなものもあるが、作者の視点は常に温かく優しい。 タイトルほどコーシローと名付けられた犬の存在が効いていると思えなかったのは犬好きには物足りない。 本屋大賞では得票数3位。


マハラジャの葬列の表紙画像

[導入部]

 1920年、イギリスの植民地インド。 政府庁舎にはマハラジャやニザームなどの称号を持つ“藩王”20人が集まっていた。 住民の自治を求める声を鎮めるための植民地政府の政策で“藩王院”なる合議体を立ち上げる会合が行われる。 藩王国サンバルプールのアディール王太子はその協議の成否のキーマンだ。 王太子とイギリスのハロー校で同窓のインド帝国警察のパネルジー部長刑事もその場に呼ばれていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
「カルカッタの殺人」に続くイギリス人警部とインド人刑事のコンビによる歴史ミステリー第2作。 藩王国サンバルプールの王太子が殺され、帝国警察の二人が真相を追ってサンバルプールに赴くが王宮での捜査は難航。 当時の英国植民地統治と藩王国の存在等の社会構造や王宮の慣習、風俗などが興味深い。 謎は深いが、王宮の複雑な人間模様はよく整理され読みやすい物語に仕立てられている。 サスペンスもそこそこ、インドの神秘的なムードも良い。


あと十五秒で死ぬの表紙画像

[導入部]

 私の目の前に銃弾が浮いている。 手を伸ばせば届きそうな距離に、こちらに尻を向けて。 銃弾の周りには赤黒い飛沫がまとわりつき、それが私の胸の黒い穴から銃弾へと連なっていることに気付いた。 そこに現れたのは黒いマントにフードを被った人の背丈ほどもある大きな猫。 自ら死神と名乗り、あなたは背後から銃で撃たれて死んだのでお迎えに来た、そして今は自分の状況を理解する走馬灯タイムだと言う。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 いずれも非常にトリッキーな設定の4つの中短編からなる本格推理もの。 「ミステリーズ!新人賞」佳作の巻頭作は、余命十五秒を使って犯人に致命的な反撃を加えるという荒唐無稽で強引な設定だが、それなりの緊迫感もある。 最後の中編は、首が取れても十五秒は死なないという特異体質を持つ主人公らが、胴体を失いながら事件の推理を進めるというまるで漫画のような話だが、その特異体質も馬鹿馬鹿しいトリックもそのまま受け入れれば面白く読める。


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