◎19年5月


座席ナンバー7Aの恐怖の表紙画像

[導入部]

 ブエノスアイレスで精神科医をしているクリューガーは出産を控えた娘のネレに会うため、ベルリン行きの旅客機に乗り込んだ。 クリューガーは飛行機恐怖症で墜落時に生存率の高い座席など4席を予約していた。 その1席、ビジネスクラスの座席ナンバー7Aを赤ん坊連れの若い女性に譲る。 無事離陸した機内で、クリューガーのもとに「娘の命が惜しければ、おまえがいま乗っている飛行機を落とせ。」という電話が。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 昨年読んだ
「乗客ナンバー23の消失」から3年後に作者が発表した作品。 旅客機内とベルリンを場面転換しながら語られる物語は、前作よりずっと分かり易く、登場人物も多いがよく整理されており、閉鎖空間でのタイムリミットが設定されていることから、サスペンスにどっぷりと浸れる。 複雑な設定に、予測不可能の謎また謎の展開は前作同様だ。 終盤は血なまぐさい場面も多いが、いっそう展開のスピードは速まり、読み手を翻弄してくれる娯楽作品。


夢も見ずに眠った。の表紙画像

[導入部]

 布施高之と沙和子の夫婦。 学生時代の共通の友人の家へ遊びに行くことを兼ねた二泊三日の岡山旅行。 岡山駅で山陽本線に乗り替え倉敷へ向かう車中、高之は笠岡にカブトガニ博物館があるのを思いだし、行くことを提案するが、沙和子は拒絶。 網棚にボストンバッグを置いたまま、倉敷でひとり降車してしまった。 彼女とは十年以上のつき合いだが、今でもどこで彼女の拒絶スイッチが入るのか分からない。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 夫婦の離婚に至る経緯とその後の二人の様子、交流が描かれる。 2010年から22年まで時代を追っての12章。 展開はドラマチックなものなのだが、非常に淡々とした筆致で、全体に静かな作品。 各地へ旅行する場面が多いのも特徴だが、なんだか作者が取材旅行で得たとおぼしきそれぞれの土地の印象や街角の風景などに費やす文章がとても多いのだ。 ロードノベルというよりも、作者の取材旅行記に小説をくっつけたという印象の物語でした。


ディオゲネス変奏曲の表紙画像

[導入部]

 優秀なソフトウェアエンジニアの藍宥唯は仕事から帰宅し、PCで「群青の家」というブログにアクセスする。 「群青の家」の管理人は勤勉な女性で、3年間ほぼ毎日ブログを更新し、生活のあれこれを書き残していた。 実際の名前は公開していないものの、今では藍宥唯は彼女の何もかもを知り尽くしていた。 そしてネット上の写真から彼女の住む場所も探しあてていた。 彼は支配の感覚を愛していた。(「藍を見つめる藍」)

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 推理・警察小説として見事だった
「13・67」に続く作者自選の短編集で、2ページほどの掌篇から50ページほどまで17編から成る。 非常にヴァラエティに富んだ構成で、本格ミステリー、ホラー、SFからサスペンスいっぱいの作品まで、いずれもレベルは高く、多彩に楽しませてくれる。 ラストが切れ味鋭い作品もいくつかあるし、ドタバタのユーモア作品もある。 SF系の諸作のほか、最終話のロジカルな学園推理もの「見えないX」がとりわけ印象に残った。


鏡の背面の表紙画像

[導入部]

 薬物やアルコール依存、性暴力、DV被害などで心的外傷を負った女性の社会復帰活動をしている「新アグネス寮」で火災が発生した。 赤ん坊の泣き声が2階からしている。 「先生」こと小野尚子とスタッフの盲目の老女・榊原久乃が階段を上がり、赤ん坊と若い母親を2階のサッシから下の者へめがけて落とす。 その時、轟音と共に2階部分が崩れた。 新アグネス寮は小野尚子の理念を精神的支柱としていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 吉川英治文学賞受賞作。 女性の社会復帰支援活動をしている施設の精神的・資金的な支えとなっていた女性が焼死。 検視の結果、実はまったくの別人だったことが判明するという冒頭は珍しい設定ではないが、真実を探る500ページ超は長さはあっても最後まで引っ張る。 どう入れ替わったか、なぜ入れ替わったか、ここまで読ませる作者の力を感じた。 思っていたような最後ではなかったが、タイトル通り“鏡の背面”を見るような読み応えのある作品。


凍てつく太陽の表紙画像

[導入部]

 昭和19年12月。 北海道室蘭の飯場「伊藤組」に日崎八尋はいた。 そこで朝鮮人人夫に交じって貯炭場での労働に従事していた。 実は八尋は道庁警察部特別高等課の特高刑事だった。 所属は内地にいる朝鮮人の監視と取り締まりを行う「内鮮係」。 以前、飯場を脱走後、海岸で逮捕された者がいたが特高の取調べで拷問死。 飯場からの逃走経路は不明のままのため、八尋は内偵者となって飯場に入った。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 日本推理作家協会賞受賞作。 第2次大戦末期の北海道を舞台に特高刑事を主人公としたサスペンスミステリー。 主人公はアイヌの血が交じっていてもあくまで皇国臣民として事件捜査に邁進するが、警察内部でも差別を受ける。 殺人事件絡みで無実の罪を着せられ舞台は網走刑務所へ。 先の読めない展開は二転三転し、事件のスケールは大きく広がり、骨太な娯楽作としてたいへん面白い。 国家と個人を描いた人間ドラマとしても読み応えがある。


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